Page: 2/2  << 

地上の好きな天使 主旨とあらすじ

地上の好きな天使  主旨とあらすじ


聖寵というもの。また聖寵(超越)と地上の存在(身体的存在/主体)との関係を述べる哲学ファンタジー。基本的には匿名性を帯びたものが主題なため、――一応便宜上パドと命名はしたものの――特定の主人公はない。
ここで言う天使は聖霊、聖性を帯びた息、というところと思えるが、この場合子供が読んでもわかりやすくするために天使というイメージで代替。天使は地上(人間の身体・世界)から離れて天上に隔離されたままでいるもの、それ自身で完結したもの(眼に見えるもの・対象的存在)ではなく、あくまでも地上・人間の身体・生命の自発性との関係においてある(=見えるものを見えるようにするところの)もの、ということをメッセージとした。
逆に言うなら身体的存在も、地上的な場のみで自己完結できない、閉ざされない=閉じ「られない」存在であり、聖性・天の息(共生と自発性の両立をねがう力)へと開かれている。
人間とは天の息(身体的存在のもつ真に自由で自律的な自発性および共生感覚へと働きかけるもの)と無意識(場合によっては魔性・闇の部分も含みうるが同時にそこから脱しようとする働きも含まれるとする)との、現働的および潜在的働きあい、内即外という原理によって成り立っている、という考えを、童話的に――もしくは童話風に――イメージ化した。くだいた口調になるように自分なりに工夫はしたが、「童話として」読まれることを主眼としていない。
子供らしさ、という大人による固定観念から書いたつもりはないし、哲学的テーマを帯びているからといって、この物語が子供にとって、または童心にとってはたして難解かどうか、自分自身としては結論を下していない。



第一章
聖寵における主体(地)と超越(天)――聖性(純粋贈与への自発性)の働きをイメージ化した章。
天使のがわは、地上になにか働きかけたいと思い受肉(生成または呼びかけ=応答の成立可能性)のきっかけを欲している。また地上では、生成=表現(人間;画家で描写)、または生成=純粋贈与への自発性(子ねこや少女、鳥たちで描写)として聖性との交感可能性を欲している。これはひとつのことがらである。ここにおいて、同章に登場する地上の生きものたちが描く天使像――天使(聖霊)の姿を見ること(=可視化願望)や、出会い、贈りものをとどけ-受けとってもらう、(=対象化願望)――などは、すべて挫折する。これをもって、聖性とは、可視的なもの・対象的なものでなく、生成/表現(ある種の構築作業、be=become ※正確にはまったきイコールではない)を通じて地上のひとりひとりに受肉するもの(見えているものを「見える」ようにするところのものと、その働き)であることを示唆。地上が大好きで、地上の色々なものになり変わりたいと思っている天使の空でのようすと、何かうつくしいものをお空に感じそそられている地上――画家のおうち、画家のカデシさんの娘さんと猫たち。または周囲の鳥たちや生きもの――のようすが描かれる。

第1話…絵描きのカデシさんのおうちとその周辺には、地上に降りたくさせられるなにかを、いつも感じる天使の、お空でのようす。原っぱのまわりには、地上に降りて形をとれそうな何かがある。

第2話…周囲の鳥たちが、ある日のお空のあまりのたえなるうつくしさになにかを感じとり、虹色の雲がおひさまに到着するタイミングを見はからって原っぱで音楽会をひらく。この時、天使は地上に降りてみんなの心に宿るが、みなはそれに気づかない。自分たちの奏でる音楽が天使にとどいたかなぁ、天使に会えないかなぁと思ってしまう。

第3話…ある日クモと出会った子ねこのカノンとフーガは、この辺りの様子をうかがう天使についてのうわさを耳にする。天使の垂らすその光のつり糸は、じつは自分たちのつむぐ糸だとクモは言い、この辺りにすむものはみな天使に会いたがっているのだ、と子ねこたちに告げる。そのうち、クモの糸とみんなの白い羽根で織った天使の羽根を、天使にプレゼントしようという計画がもちあがったと、クモは子ねこたちに報告する。

第4話…天の川のすばらしい夜に、カデシさんの家の周辺の生きものたちみんなでつくった天使の羽根を、天使にプレゼントする。みんなはいっせいに飛び立ち、天使はみんなの心に降り宿るが、みんなは会えたという実感がわかないし、受けとってもらえ喜んでもらえたかどうかも、はっきりとはわからずに、降りてきてしまう。



第二章
孤独と彷徨の魂(男の子)が救済=他者・共生・(一時的な)居場所をもとめるようす。また、超越がある主体への受肉のきっかけを求めてその入口としての地上の一点をアトリエに見出し、ここに降天するようす(この際、降天は画家自身の表現行為・生成と不可分に描出、「形をとる;be=become」)との章。天使が画家カデシさんのアトリエに降り立ち、地上のある彷徨に疲れた男の子として(あらためて)画家のアトリエをたずね、ここに仮の居場所を見出す、という出来事をつくることを欲し、画家がこれにこたえ、互いにきっかけをつくり合う。孤独にさまよう男の子が救いをもとめ、たんぽぽの精にみちびかれて、あるアトリエをたずねるきっかけを得る。また、同じころ、天使のパドが画家カデシさんのアトリエにこっそり降り立って、あんまり居心地がいいのですこし長居をしたくなる。そこで、地上のある男の子になってこのアトリエをたずね、ここで家のみなと友達になり、しばらく一緒に過ごす、という出来事のきっかけを、天使パドと絵かきのカデシさんとでつくりあげる。


第1話…孤児でさすらい人のオトノムが、たんぽぽの精と出会う。たんぽぽの精は、このあたりのようすをうかがう天使のうわさを話し、また心のどこかで居場所をもとめているオトノムに、カデシさんのアトリエに遊びに行くよう誘う。

第2話…天使のパドはある時、画家のアトリエにこっそり降り立ち、絵を描いているカデシさんと背中越しに話をするうち、地上のある男の子として画家のアトリエをたずねてカデシさんとその家族に出会う、という出来事をおこすきっかけをつくる。パドはカデシさんのある絵の中にクモの姿を借り、しのびこむことを決心する。



第三章
魔界(現実社会のある疲弊した側面、絶対者支配と抑圧・疎外の世界)の描写と、魔界に居つつもそこから聖性へむけて離脱しようとする力-存在の擬人化(疲弊した社会から疎外され抑圧された、良心をもつ小さい悪魔として表象化)。および、天使と悪魔の(閉じられない)シャボン玉における合体というイメージによる、主体と超越の関係の描出と、生成=受肉(「今・此処」の成就。と同時に、超越の退隠)の章。アトリエにおける天使と悪魔の合体(決定的瞬間は描かれない)=男の子としての受肉=男の子のアトリエ来訪へとむすびつく。天使のパドが画家のある絵の中から、魔界――絵の中の世界――を脱出したいとねがう悪魔の子の声をききとり、その子の地上(画家カデシさんのアトリエ)への脱出を助ける。カデシさんの娘カブリオルの分身の妖精とクモを、使者として絵のなかへおくる。めでたく魔界を脱出した小さな悪魔は、天使のパドといっしょに閉じられないシャボン玉にのってアトリエで遊ぶ。カデシさんの描く少年の絵が出来上がる瞬間、ひとりの男の子となってあらわれる(男の子のアトリエへの訪れ)。

第1話…天使パドは、カデシさんのアトリエの中のある絵に、悪魔のくにと小悪魔ニムリムをみつける。悪魔のくにはいじめにみちたひどいくにで、小悪魔ニムリムはみんなからひどい目に合っている。なんとかこの国から脱出できないかと思っている。

第2話…小悪魔ニムリムは、魔王からひどいおしおきをうけていたが、妖精エシャッペに手伝ってもらい、悪魔のくにを脱出する。

   (挿入エピソード1・小悪魔ニムリムは、魔界脱出のとちゅう、天使パドとシャボン玉のなかで合体することを、どこからともなくきこえる声により教えられる)

   (挿入エピソード2・路上詩人オトノムが道ばたで眠りこけているのを、カデシさんの娘カブリオルによって見つけ出される。偶然幼なじみだった二人は久しぶりに出会う)


第3話…閉じられないふしぎなシャボン玉のなかで、アトリエゆうらんしながら、天使パドと小悪魔ニムリムは秘密のおしゃべりをかわす。

第4話…カデシさんの描く少年の肖像ができあがるちょうどその時、少年オトノムがカデシさんの娘カブリオルといっしょにアトリエに登場する。アトリエでのみんなのだんらんのようす。パドはいつのまにやらお空へかえっている。


長編童話「地上の好きな天使」第一章第1話へ


| Rei八ヶ岳高原 | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0) | | - | - |

森のおとしもの

きつねのぼうやが、たったひとりで 森の夜みちを歩いていました。
うつむいたまま、しきりにひとりごちながら。

「ええと、あれはこの辺だっけ? きのう ぼくが見つけたもの。
きのう見つけたものはどこ?」 

フクロウが一羽、かばの木のウロにとまっていました。
おおきなお目目を半分閉じて、きつねのようすを見ていました。
きつねのぼうやは、フクロウにたずねました。

「もしもし、おじさん。あれはどこ?」
「あれ、とはなんじゃな?」
フクロウがききかえしました。
「ええとね、ぼくがきのう見つけたもの」
「ホッホー。一体何を見つけたんじゃね?」
フクロウは目をまるくしてたずねました。
「きらきら光る落としもの」
「はてさて、それは金貨かね?」
フクロウはいいました。
「金貨は、きらきら光るもの?」
きつねのぼうやがたずねました。
「あぁもちろんさ。そいつは丸くて、そしてちょっと重いんだ」
「そうか。それじゃ、あいつは金貨だ。きっと金貨にちがいないや」
きつねのぼうやは、はしゃぎました。

「だが、金貨なんてこの辺りに落ちてはいなかったがね…」
フクロウは残念そうにそういって、ホー とひとつためいきをつくと、ふたたび目を閉じてしまいました。
「わかったよ、おじさん。ありがとう」
きつねのぼうやはお礼をいって、またとぼとぼ歩いていきました。

少し行くと、クルミの木をするすると降りるリスに合いました。

「もしもしおばさん。あれを知らない? ぼくがきのう、見つけたもの」
「はてさて。いったい何でしょう?」
「ええっと、それが分からない。だけどとにかくきらきら光る、だれかのだいじなおとしもの」
「きらきら光るだって? そうかい。それじゃぁそれは、きっと宝石」
リスは目をかがやかせました。
「クルミの味するルビー! 松の実の味する真珠!」
リスは胸のまえで手を組み、夜空を見あげていいました。
「あら。だけど、宝石なんて、このあたりにはひとつも落ちていなかったわ?」 
それをきくと、きつねのぼうやは、がっかりしてつぶやきました。
「そう…わかったよ、ありがとう、おばさん」
きつねのぼうやはお礼をいって、またとぼとぼと歩いていきました。

森の奥深い山あいにはいると、ヒゲを生やした一頭のカモシカが、しげみを行き来していました。もぞもぞ草をはんでいます。

「もしもしおじいさん。あなたは知らない? ぼくがきのう見つけたおとしもの」
けれども、カモシカのおじいさんは、耳が遠くてきこえません。
「おじいさん! ねえねえ知らない? ぼくの見つけたおとしもの!」
きつねはちょっとどなりました。
「おや! こんばんは、ちいさいぼうや。どうしたんだね、こんな夜ふけに?」
カモシカは、ほそながい顔をあげました。
「ぼくがみつけた、だれかの大事な落としもの…」
「え? ほう、おとしもの。おとしものがどうしたって?」
「おじいさん知らない? 見なかった?」 
「いやはや。さてね? いったいそれは、どんなものだい?」
「きらきら光る、きれいなの」
「え? キラキラ光る、とな? うぅん…。キラキラと光るといえば、それはもう、クリスマスの金と銀のかざりもののあかりだよ。あちこちで点っては消え、点っては消え…。それがサンタクロースをそりに乗せて走る、わたしたちのしんせきを、じつにここちよくさそうんだ。」 ―― しんせきというのは、トナカイのことでした。
「しかしだね…」
カモシカのおじいさんは、考え込むと、しゃがれた声でいいました。
「いまはクリスマスの時期じゃぁない、あと半年もあるからな。それにそんなキラキラしたもの、この森の中なんぞで見おぼえないがね…」
「そうですか。どうもありがとう」
きつねはしょんぼりして、またとぼとぼ歩いていきました。

いつしか、川べりにさしかかりました。ふとったカワウソのおばさんが、きつねのぼうやの目の前を、よちよち走っていきました。

「もしもし、おばさん」
きつねのぼうやが呼びとめました。
「なんだね? あたしゃいそがしいのよ、用事があるなら、はやくお言い」
「きらきら光る、おとしもの。だれかのおとしもの、見なかった?」
「きらきら光る、おとしものだって? さてね。だれのものだかわからない、おとしもののことなんか、こういそがしくっちゃ、おぼえちゃいないけど」
カワウソのおばさんはいいながら、あごに指をあてました。
「だけども、それはいったいどういう風に、光るものだったのかい?」
きつねのぼうやはまぶしそうに、目をほそめながらいいました。
「それはたいそううつくしく、きらきら、きらきら」
「まあ…。」
カワウソのおばさんは、ふと空をみあげました。
「こう見えてもね。わたしゃけっこう、おしゃれなんだよ」
おばさんは目を見はると、つんとはった胸を指さして、いいました。
「ここにつける金ボタン、まえからほしいと思っていたのさ。もしも、それが金ボタンなら、どんなにかあたしに似合うだろう。…だけどそんな高価なもの、この森になんておちてやしないものね。そう、おちてなんかいやしないのさ」
カワウソのおばさんは、そういって首をふり、ビロードのようなしっぽをひるがえすと、また湖の方へと、かけ出していきました。
「わかったよ。ありがとう、ひきとめてごめんなさい」

きつねのぼうやはあきらめて、とうとういま来た道を、引き返すことにしました。そして、すっかりしょげたしっぽをふるわせ、歩き出したその時です。
サラサラサラ……ふと、森の木々の葉がざわめきだちました。
おや…。あれはなんでしょう。何か黄金色の光がチラチラ、ぼうやの行く手にゆれているではありませんか。
「おかしいな。さっきとおったばかりの道なのに。こんなチラチラするもの、あったっけ?」
きつねのぼうやは首をかしげ、おもわず目をみはりました。
そう、道のまん中をくりぬいた、小さい水たまりのなかを、そよそよそよぐ風にふるえ、何かがうごめいています。……
見ると、ちいさな水たまりに、あわい金色の光の束が、木々の葉をすかして、そぉっと射し込んでいるのでした。
きつねのぼうやは、そのふしぎな光の束を、空へ空へと、たどっていきました…。
と、それは夜のやみにこうこうと光る、お月さまへととどきました。
キラキラ光る、おとしもの――それは、水たまりに映る、月あかりの精たちだったのです。

「ねえきみたち、この水たまりで何をしてるの?」
きつねのぼうやがたずねました。
{水浴びしているのよ}
月あかりの精たちは、いっせいにこたえました。
そのよくひびく声は、キラキラと、水たまりいちめんにこだまして、黄金の光をぶつけあいながら、やがて幾重もの輪をひろげていきました。

それは、お月さまが、ご自分の使いを、光の束のすべり台をつたわせ、こうして森の水浴び場に降ろして、遊ばせていたのでした。

「ぼくはてっきり、だれか森に住んでるひとの、おとしものだと思っていたよ」
きつねのぼうやは笑っていいました。そしてそっとたずねました。
「ねぇもし、ぼくがきみたちをひろったら、きみたちはお月さまへ、かえれなくなってしまうの?」
{拾ってみたいなら拾ってごらん?}
月あかりの精たちは、わらいはじけていいました。
{わたしたちは逃げるのが上手なの。いくらすくっても、つかまらないわ}
また別の声がいいました。
{私たちのかがやくからだは、ここにいても、お月さまのもとへ、いつでもあっという間にかえれるのよ}
「ほんと?」
きつねはおどろきながら、ちょっとくやしがりました。
「じゃ、つかまえてみようっと!」
きつねのぼうやは、手をのばしました。
―― チャポン・・・……水たまりに手をいれると ――
月あかりの精たちは、あっという間に飛びちって、ちりぢりに分かれると、楽しそうに笑いました。そしてわぁぁん… その声と光は、しばらくの間ずっと、こだましていました。森ぢゅうに。耳の中に。――
そうしていつしか、またもとどおり、水にうつるお月さまの姿に、ゆらゆらかえっているのでした。……

水たまりをふるわせていた風は、いまはもうすっかり止んでいました。辺りも、しんと静まりかえっています……。

(ほんとだ……さよなら、妖精さんたち)―― きつねのぼうやはそう、ひとりごちました。水たまりの奥の奥、お月さまの姿をのぞきこみながら。

ホーホー ―― フクロウの声が響いています…。

「ぼく、もう かえらなくちゃ!」

きつねのぼうやは、あわてて身をおこすと、ほっとひとつためいきをついて、今来た夜道を、ひきかえしていきました。
水たまりのお月さまは、もうキラキラとおしゃべりしなくなったけれど、夜空にたかく浮かんでいる、もうひとつのお月さまは、いつまでもいつまでも、きつねのぼうやを追っかけて、転ばないよう夜道を照らし、明かりをともしてくれていました。・・・

| Rei八ヶ岳高原 | 15:45 | comments(2) | trackbacks(0) | | - | - |

天使さまのランプ

くろい ちいさな虫が ひとり
さまよっていました

そよそよ 風の吹く晩に
月夜の晩に ふらふらと
あたりをさまよい
おどっていました ……

    * * *

やみのなかに、ほんのりと明るい、ともしびがみえました。
それは、村と町とのさかいに立つ、外灯でした。
ろうそくの炎が、灰色の鉄格子(てうごうし)のなかで、ちらちらとゆらめいています。

きれいだなぁ。あかるいなぁ。あんなランプ、ぼくもほしいなぁ。
小さな虫はいいました。けれども、そんなことをいっても、どうにもしかたがありません。

虫はまた、夜空をふらふら、どこかへ飛んでいきました。


町のはずれに来ました。

ちいさなおうちでしたが、お部屋の中には、あかりがともっていました。
そのあかりの上には、教会の窓にも似た、ガラスの傘がかぶさっていて、それがまるで時のとまりかけたメリーゴーランドのように、部屋ぢゅうをほんのりと、赤・青・黄・緑、さまざまな色で、ゆわんゆわん照らしていました。
部屋のなかには、子供たちの影が、はしゃぎ声といっしょに、ちらついていました。

きれいだなぁ。ゆめのような世界だなぁ。ぼくもあの傘の中へはいってみたいな。
小さな虫はいいました。けれども、そんなことをいっても、どうにもしかたがありません。

虫はまた、ぴったりとつけていた黒いからだを、窓からはがして、よそへ飛んでいきました。


大通りにさしかかりました。

クリスマスでもないのに、無数につらなるまぼろしの壺(つぼ)のような、青い光と赤い光が、交互に街を照らし出しながら、おしゃべりしていました。
あの女の人には、あかちゃんがうまれたんですって。
あの犬は、荷馬車にひかれたんですって。
あの男の人は、さいふを落として、さがしまわっているようだね。
あのステッキをついたおじいさんは、今夜もお酒をのみすぎた…
などと。

そのむらがる光とおしゃべりは、いつまでもどこまでも、つづいていくようにみえました。
こんな夜中だというのに、ひとびとはまだ、通りを行き来しています。そうして時々、どよめくような笑いや、けんかをする声、乾杯(かんぱい)のグラスの音、女のひとのひめい、馬のひづめの音などが聞こえてきます。

こんな夜でも、きれいなあやしい光がむらがっている。きっとねむることがないのだろうな。虫は思いました。
それにしてもきれいだなぁ。ぼくもあの中のひとつになりたいよ。
小さな虫はいいました。けれども、そんなことをいっても、どうにもしかたがありません。

虫はまた、どこかへ飛んでいきました。
こんどはもうすこし、空気のきれいなところがいいかしら…などとひとりごちながら。


海辺に近づきました。

ザザザー…さざ波が、ざわめきわたっています。
背の高い白い灯台が、にょっきりと、岸辺からのっぽのからだをもたげて、ゆっくりゆっくり、ななめの光をまわしながら、あれた海でもまよわぬよう、ちいさな舟がわたっていくのを、照らし出してやっていました。

やくにたつ、すばらしい光。ぼくもやくにたつ光を、だれかにともしてあげたいなぁ。
それになんだか、きれいだもの。ぼくもあんなのっぽの頭のてっぺんから、海に射しこむりっぱな光になりたいよ。
小さな虫はいいました。けれども、そんなことをいっても、どうにもしかたがありません。

飛び交うカモメたちに食べられないよう、ちいさな虫はいそいで、海辺をはなれていきました。


さいごに、山の方へ入っていきました。

森をつたって、いつものように川べりにちかづきました。

いつもここで、しばらくゆっくりしていくのです。
そういえば、ここで生まれたような気もします。
チラチラときらめきゆれるふしぎな光が、いちばんすばしこく、おいかけっこをしている所にやってきました。
それはじつにせわしく、しきりにはなれたり重なったりしながら、あそんでいます。

なんてやつらだ。すこしもじっとしていない…。
でもなんてきれいなんだろう。小さな虫はこれに出会うたび、いつもそう思うのでした。

辺り一面に、くすぐったい水の音がしています。

ふと見上げると、きれいなお月さまが、青じろい光をこうこうと、夜空にはなっていました。

それはもうあと数日で満月になろうとする、すこし欠けた月でした。

「私のひかりが、ちいさな川面に映って、おじゃましています」
ふいに、お月さまがよびとめました。
虫はすこしおどろいてから、
「お月さま、こんばんは!」
ていねいにあいさつしました。
「ぼくもあなたのように、こんなうつくしい光をからだからはなって、まわりを照らしてみたいです」
小さな虫はいいました。


ふと、お月さまがけげんそうな顔をしました。


が、小さな虫はそれに気づきませんでした。

「さあ。こう言っていてもしかたがないし、なんだかねむくなってきたから、そろそろお宿へかえろう」
小さな虫はつぶやきました。
「どこかにいいお宿はないかな」
くろい小さな虫は、しばらくの間考えながら、あちこち気にして飛びまわりました。

 

花たちはたいてい、夜になるとはなびらを閉ざしてしまいます。そのほんのすこしまえに、からだを入れて休ませてもらうのが、なにか心地よいのでした。

黒い虫は、ランプの形をした花たちが、とくにお気に入りでした。

すこし行くと、おだまきの花がありました。

「やぁこんにちは。とめてくれる?」
「空いていますわ。ようこそ」
おだまきの花は、プロペラみたいな花びらの、まんなかあたりの五枚が、ちょうど黄色い壺のようにのびていて、奥にもぐってぐっすり寝るには、いい場所のようです。
「ふぅ。やっとひと息つけるよ」
くろい虫は、やんわりと黄色い花びらのなかに、もぐり込みながら言いました。


「ねえ?——あのう、虫さん。知っている?」
しばらくすると、おだまきの花が、はなしかけました。
「何をだい?」
虫がききました。
「森の妖精がこんなしらせを送ってきたの。あなたはもう、ご存じかと思ったけれど」
「知らない。どんなしらせ?」
「こういうの。
『満月の夜にまけない、うつくしいランプをさがしています。あなたのランプをみせてくださいませんか? この森ぢゅうでいちばんきれいなランプがみつかりますよう、待っています。お月さまより。』 って」
おだまきの花が、しらせをよみ聞かせました。

「ふぅん。」くろい虫は、首をかしげました。
「お月さまは、その光があんなにうつくしいのに、それにまけない、森の中のきれいなランプをさがしているのかい?」
そう言うと、虫はなんだか不思議がりました。
「そういわれれば、たしかにそうね。でもあなたが私のおうちに泊まると、まるでランプがともったようにとてもきれいだわ」
おだまきがいいました。

「あんまりすてきでもったいないので、私はめずらしく、まだ花びらを閉ざさずに、まるでランプの花のような心地で、こうして咲いているのよ」
「いったいきみはなにを言っているの?」
小さな虫はとてもおどろいて、ききかえしました。
「まぁ。へんかしら。あなたはそう思わないの?」
おだまきがたずねました。
「ぼくはいままで、きれいなきれいな光をさがして、うらやましがって飛んでいたくらいなんだよ。街へ行ったり、海へ行ったり…。そしてやっと帰ってきたんだ。もうねむいよ。寝かしておくれ」
くろい小さな虫は、だだっこみたいにそう言うと、すやすや眠ってしまいました。

おだまきは、しかたなさそうに、黒い小さな虫を花びらにつつんで、一晩じっとしてやりました...。

さて次の日の夜でした。

おだまきの花に、とめてくれたお礼を告げると、
小さな黒い虫はまた、いろいろな所へ出かけ、いろんな灯や光を見てはあこがれて、

やがてまたしかたなく、森へもどって来ました。

しばらく輪をえがいて飛びながら、つぶやきました。
「あぁつかれた。今夜はどんな宿にとまろうかな」
「空いていますよ」
だれかの声がしました。

みると、それはツリガネソウでした。
「やぁ。ここはどれもお部屋がちいさいけれど、いったい何階だてなんだい? じつにかわいいすみれ色の部屋をいくつも、かしてくれるんだね」
小さな虫がいいますと、ツリガネソウは、どれでも気に入ったのをお選びなさい、とすべての部屋をチリチリゆらして、さそいました。
「ふむふむ。じゃぁいちばん、てっぺんのに」
小さな虫がごそごそもぐり込むと、ツリガネソウはさっそくたずねました。
「ねぇ。あなたはもう知っている? 森の妖精がくばってまわる、しらせのこと」
「どんなのだい?」
虫がききました。
「こういうのよ。
『満月の夜にまけない、うつくしいランプをさがしています。あなたのランプをみせてくださいませんか? この森ぢゅうでいちばんきれいなランプがみつかりますよう、待っています。お月さまより。』 って」
おだまきの花がそうしたように、ツリガネソウもまた、同じしらせを、くろい虫によみ聞かせました。

「ふぅん...。お月さまは、ごじぶんの光があんなにうつくしいのに、なんだってそれにまけない、森の中のきれいなランプなぞを、さがしたがるのかな?」
小さな虫は、今夜も不思議がりました。
「そうねぇ…。だけどあなたが、私のちいさなお部屋に泊まると、とてもきれいよ。お月さまにだってまけないくらいかもしれないわ!」
「きみはなにを言っているの?」
小さな虫はひどくおどろいて、さけびました。
「あら。ご自分でそう思わないの?」
こんどはツリガネソウが、おどろいてききかえしました。
「だってぼくはいままで、きれいな光をさがして、うらやましがって飛んでいたんだよ。街へ行ったり、海へ行ったり…。そして今日もやっと、帰ってきたんだ。ランプはぼくの頭のなかだけでたくさんさ。すっかり飛びつかれてね、もうねむいよ。寝かしておくれ」
くろい小さな虫は、だだっこみたいにそう言うと、今夜もすやすや眠ってしまいました。

その次の日の夜でした。

小さな虫はまた、いろいろな所へ出かけ、いろんな灯や光を見てはあこがれて、しかたなく森へもどって来ました。
「ふう。今夜はどこの宿に泊まろうか」
「空いていますよ。よろしかったら、およりなさい」
だれかが言いました。

それは、キキョウの花でした。
「おお、これはありがたい!」
小さな虫は思いました。まんなかのしべにかくれると、ちょっとふわふわして、じつにいい夢み心地だろうと、思えたのです。
「ありがとう。ではえんりょなく」
小さな虫がさっそくもぐり込むと、ききょうがそっと、ささやきました。
「ねぇ。知っていらして? 森の妖精がこんなしらせを送ってきましたの。
『満月の夜にまけない、うつくしいランプをさがしています。あなたのランプをみせてくださいませんか? この森ぢゅうでいちばんきれいなランプがみつかりますよう、待っています。お月さまより。』 って」
タンポポの綿毛は、よみあげました。

「またその話かい。」
小さな虫はあきれました。
「なんだってお月さまは、その光があんなにうつくしいのに、それにまけない、森の中のきれいなランプを、さがしたりなどするんだろう?」
「まぁ…。けれど、あなたが私のおうちに泊まると、とてもきれいに思いますよ。外からながめたわけではないけれど、きっとそうにちがいありません」
「やれやれ。どこがきれいなんだ? ぼくはいままで、きれいなランプやきれいな光をさがして、うらやましがって飛んでいたくらいなんだよ。街へ行ったり、海へ行ったり…。そしてやっと帰ってきたんだ。もうランプはたくさん。ねむいんです。寝かしてください」
くろい小さな虫は、だだっこみたいにそう言うと、今夜もすやすや眠ってしまいました。

そのまた次の日の夜でした。

今夜も、小さな虫はまた、いろいろな所へ出かけ、いろんな灯や光を見てはあこがれて、しかたなく森へもどって来ました。

「ああつかれた。もしもし。空いていますか」
「空いていますよ、どうぞいらっしゃいな」

今夜のお宿は、ホタルブクロでした。
すこし大きめの、いくらか先のすぼんだふくろの中は、ホテルのようにゆったりとしています。なんてぜいたくな居心地でしょう。
「では、おじゃまします」
小さな虫は、すこしあらたまると、おずおず入っていきました。
でも、中はひろくて、じつにのびのびできます。くろい小さな虫は、思い切りからだをのばして、あくびをし、休みました。

しばらくすると、ホタルブクロがささやきかけました。
「知っていますか。森の妖精がこんなしらせを送ってきました。
『満月の夜にまけない、うつくしいランプをさがしています。あなたのランプをみせてくださいませんか? この森ぢゅうでいちばんきれいなランプがみつかりますよう、待っています。お月さまより。』」

「その話は、いろいろなところでききました」
小さな虫が、ねむい目をこすりこすり、いいました。
その口調は、すこしいらいらしていました。

「ぼくにはお月さまが、ご自分の光があんなにうつくしいというのに、それにまけない、森の中のきれいなランプをさがしたりする、その気持ちがわかりません」
「まあ! そうですの?… でもあなたは、私のおうちに泊まると、とてもきれいなのですよ」
「きれいって、どういうことでしょう?」
くろい虫は、首をふりました。
「ぼくはいままで、きれいなランプやきれいな光をさがして、うらやましがって飛んでいたくらいなのです。街へ行ったり、海へ行ったり…。そしてやっと帰ってきたのです。うらやましがるのはやめて、もう寝たいです。寝かしてくださいな」
くろい小さな虫が、目を閉じながら、すこし泣き声になってそういうと、ホタルブクロがいいました。
「あなたはお気づきでないのですか? あなたのからだから、ほんのりと、それはうつくしいあかりがともっているのを」
虫はとつぜん、目を見はりました。
「ぼくのからだが光っているって?」
くろい小さな虫は、だれにともなく、ききました。
「おしりが、うつくしいみどりいろに、光っています。あなたはホタルなのですから、それがあたりまえなのですよ。」
ホタルブクロがこたえてやりました。
「やあ、ちっとも知らなかった!」
ホタルは、思わず自分のからだをふり返りました。
おしりですから、よく見えませんでしたけれど、なるほど言われてみれば、なにやらやわらかなあかりが、ともっているようにみえました。

今まで、くろい小さな虫は、自分よりつよい光のもとへばかり出かけていて、自分のかすかな光に、すこしも気づきませんでした。
でも、森のお花たちはほめてくれたのです。

ホタルは、部屋からそっと出てくると、ふと飛び立って、高いたかい空を見上げ、お月さまをよびました。
「お月さま。こんばんは!」

今夜は満月でした。

「まあ。いつかのホタルさん」
すこしすると、すっかりまんまるになったうつくしいお月さまが、夜空のうえからこたえました。
「森のしらせをききました。ちょっと、見ていてください」
ホタルはさけびました。
そうして、もういちどいそいでホタルブクロの中にもぐり込むと、それはそれは美しい、薄みどり色のほのかなあかりを、おしりから放ってみせました。

やすらぐようなそのあかりは、ほたるぶくろの赤むらさきの花びらを透かして、夜の闇に浮かびあがり、なんともいえずやんわりとした光の輪を、あたりに照らし出しました……。

「まあ。なんてかわいらしいこと!」
お月さまは、高いたかい夜空の上から、ためいきまじりに言いました。
「小さいけれど、よくみえますわ。あれはまるで、天使さまのランプ。このわたくしの光にもちっともまけない、うつくしくてやさしい、天使さまの光だわ?」
お月さまは、ほほえんでいます。

この光景をまえに、オダマキや、ツリガネソウ、キキョウの花たちも、みんなちいさくゆれながら、にこにこわらっていました。

お月さまの声が、とおい夜空に響きわたりながら、ホタルのもとへと降りてきました。
それは、こう言っていました。
「きっと、この森のあちこちには、天使さまがむかしから宿っていらっしゃるのよ。だから、あなたを泊めてくれる、この森のお花たちはみな、あなたのランプで、天使さまのランプでもあるのね…」

ほんのりすけた、ホタルブクロの花びらの中で、ホタルはちょっとはずかしそうに、おしりのあかりをつけたりけしたりしながら、こたえました。

「みんなは大事な、ぼくのお宿だけれど、ぼくのあかりが、きれいなお花たちを照らしていて、お月さまにもほめられるような、ランプになっているなんて。こんなにうれしいことはありません。お花たち、いつもありがとう。これからもよろしくおねがいします」

ホタルはそう、夜空にむかってさけびました。

| Rei八ヶ岳高原 | 11:03 | comments(1) | trackbacks(0) | | - | - |