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地上の好きな天使 第一章第3話-1

第一章

第3話-1 子ねこのカノンとフーガ、天使のつり糸と翼の秘密を知る 前編

 さて、それから一年の半分ほどたった、ある夏のはじめのことでした。
雨あがりの空に、朝はやくから虹がかかりました。子ねこたちを起こすよう、虹にせかされた眠りの精は、まだねごとを言っているカノンとフーガの耳もとで、こんなふしをささやきました。


 カノンとフーガは なかよしこよし
 きくばりカノンに ずっこけフーガ
 クモの編み物 ビーズがゆれる
 気になるな
 タンポポおでかけ わた毛のパラソル
 気になるな
 おさんぽ大好き 行こう 行こう
 おはなし大好き また会いましょう


 ここはまた、雲のうえ。天使のパドは、すずしげな風に吹かれて、ひろいお空をながされています。きょうのパドの雲のざぶとんは、尾びれのついた、おさかなです。明け方まで雨を降らせていたなごりで、ちょっとだけ、おなかの底がまだくろずんでいます。やんわりと細い、モヘヤ毛糸のひだが七本、虹色にかがやいて、雲のおしりからひらひら泳いでついてきます。

 パドはさっき、ムラル山脈のすそに、虹をかけてきました。 空たかく、いきおいよくのびる虹を。そして、あんまり気分がいいものだから、七色の光線のなごりを、雲のおしりにつけてきた、というわけなのです。

 きょうのパドはそんなわけで、たいそうごきげんです。

「やあ、今朝はすっかりいい天気。なんて気持がいいんだろ。ぼくの丘も、元気かな? そろそろエメラルド色にかがやいて、草のおひげもすこしづつのびて、風にそよぎはじめているのかな。みてみようっと!」
 パドはまた、いつものように望遠鏡をポケットからとりだすと、大好きなチッポルの丘にむけました。
「フンフン、じつにごきげんそう。」

 つぎに、たんぽぽの小道を、じぐざぐつたってのぼります。
「フンフン、じつにごきげんそう。」
 つぎに、いよいよお気に入りの場所、えかきのカデシさんの家のようすをうかがいます。
「フンフン、じつに……おや?」
 パドはおもわず望遠鏡をはずしました。
「子ねこがいない。」
 パドはまばたきをひとつ、してみました。
「やっぱりいない。子ねこがいない。いつもはこの時間に、本がどっさりある部屋の窓から、こっちをながめているんだけどな!」
 そう言って、パドはすこし望遠鏡を部屋の奥へむけました。
「やあ! カデシさんがいたいた。娘さんとお話してるぞ。……娘さんは、けらけらわらってる。」

 すると、庭さきへはり出したベランダを、一匹の子ねこのかげが、さっととおりました。いっきに庭におりていきます。
「やあ! いたいた。おっと、もうひとりの子ねこもいた。こんどはふたりならんで、庭でだれかと話してるぞ……。あいつはクモかなぁ?ちょっと降りて見てみたいな。どらどら。ちょっといたづらしてみようっと。」

 パドは、いそいでつり糸をたぐると、ぱっとカデシさんのお庭に放りました。つり糸の先は、お庭にかかるバラのアーチのすそにとどいて、からみつきました。そこには、ちょうどレースグモの巣が、たいそうきちょうめんに張りめぐらしてありました。
 パドは、巣をこわさないよう気をつけながら、網の中心から、ツウと一本の透きとおった糸をたらしました。……と、ふいに、なにかふしぎな光のようなものがまたたいて、ま下にいたクモのなかへと、これをつたって降りていきました。


         * * *

 さて、その少しまえ。こちらはカデシさんのおうちの中。

 ナデシコ色のリボンをつけた茶トラのカノンと、ヒマワリ色のリボンをつけた三毛ねこフーガは、けさ、たいそうにぎやかな〈なりものいり〉のおもてのさわぎに、目をさましました。
 こんな朝はやくから、いったい何のおまつりでしょう? そう思って耳をすますと、あけがたまでの雨なごりで、天井のうえやら軒さきのほうぼうで、雨だれこぞうが元気に小太鼓をたたいては、きそい合っているのでした。

「ピチャピチャポッタン、ポッタン、トン。どうだい、なかなかしゃれたリズムでしょ?」
「トゥルルルルル‥、トットト、トットトツトトン、ツトトン、トントントン‥。どうだ、おいらの早打ち、なかなかのもんだろ」
「トッテン、トン、トッテン、トン。トツ、トツ、トツ、トツ‥‥。ゆっくりだって、はっきりした音を出すほうが、えらいんだい!」
 なんて、口ぐちに言いながらね。

 さて、カノンとフーガはいつものように、目を覚ますとまず、のびをして、あくびをして、そろってベッドをおりました。それからふたりは、かぎのおててでお顔をあらい、舌でからだをなめ合います。それがすむと、ふたりはのどをごろごろ鳴らしながら、カデシさんのいるとなりの部屋へかけて行くのです。ちいさい鈴をチリチリ、いわせながら。
「グルワ〜ン」
「ナア〜ン?」
 扉のすきまを頭でおして、入ります。

「おや、おはよう。おちびたち。よく晴れたねえ!」
 えかきのカデシさんは、カノンとフーガをいっぺんにだっこすると、おひざにのせて言いました。
 雨だれこぞうのほうは、あいかわらずポッタン、ピッチャン、やっています。
「うるさいなぁ。いつまでつづけるつもりだろ?」
 フーガは床におりるなり、飛行機みたいに耳のつばさをすっかりねかせて言いました。
「ほんと! なんかますます、そうぞうしくなってきちゃったみたい。」
 カノンも、自分のシッポにあごをのせて、たいくつそうに言いました。

「たしかに、元気がいいようだ。はてさて、けさもなにか気持のいい音楽でもながそうと思うんだが、こう、坊やたちのいきおいがいいと、どうしようか、なやんでしまうね。……なにか坊やたちのおじゃまにならないようなものは、ないかねぇ。」
 カデシさんはすこし困ったようすで、カノンとフーガにきいてみました。ふたりとも、うらめしそうに首をかしげます。

「これがちょうどいいわ。」
 その時、カデシさんの娘、カブリオルが、メトロノームを持って、やってきました。メトロノームは、カチ、コチ、カチ、コチ。礼儀ただしくきおつけをして、時計のようにきちょうめんに、澄みきった、朝の空気をきざんでいます。
 メトロノームの振り子を見あげながら、カノンとフーガはもう、おしりがうずうずしてきました。
「おっとと、いやぁよ! たのむからこの針には、じゃれないでね! おチビたち。」
 カブリオルはふたりの子ねこに言いきかせました。
 それから、勢いよく窓を開けると、こんどは屋根のほうをのぞき込んで、軒さきをつぎからつぎとすべり降りる、雨だれの生徒たちにむかって、こうどなりました。
「ね、あんたたち! これに合わせなさい」
カブリオルは、メトロノームを空にかざしながら、いばって言うなり、あっ!……と叫びました。
「まあ――虹じゃないの! なんてきれい。」
 床をごろごろころがっていた、カノンとフーガも、びっくりして出窓にかけ上がりました。 
「気がついたかい?」
 カデシさんは目をほそめてわらいながら、
「音楽のほうは、もうすこしの間、こいつに耳をかしておくとしよう。」
 などといって、新聞を読みはじめました。

 西の空に、七色の光の帯がおおきな弧をえがいてのぼっています。それはほとんどまっすぐに、空のてっぺんへとむかうように、出窓のわくからはみだしそうな高みにまでのぼっていって、きゅうにふっと、お空に消えています。
 カノンとフーガも、こんなおおきな虹は、生まれてはじめてでした。いつか一年の半分ほどまえに、小鳥たちの演奏会をききながら、チッポルの丘のふもとであおいだ空に、おひさまにかかった虹の輪の赤んぼうをみたのが、まぶたのうらにふとよみがえりました。が、ほんものの、おとなの虹はまだみたことがなかったのです。
「とってもきれい。」
 フーガがはしゃいで言いました。カノンはだまって、ものおもいにふけったような目をして遠くを見ています。

 小川の岸辺のトネリコの木立が、くすぐったそうに風にふるえる、葉っぱたちをあやすように、さやさや、ささやきかけながら、梢のゆりかごを揺らしています。トネリコたちのからだは、ステンドグラスの色とりどりの光を、からだにちらちら受けていました。そうして、虹の精のばらまいた七色のビーズ玉の小人たちが、メリーゴーランドの魔法をかけられたように、その光のうえをすこしもじっとせずに追いかけっこして回るので、トネリコの生まれたばかりの葉っぱたちは、くすぐったくてしかたなくって、ほんとにゆかいそうに、はしゃぎ声をあげています。

「おやおや?」
 オレンジ色した屋根のおうちのなかで、カデシさんはまた、ふと耳をすましながら、天井を指さしてこんなことを言いました。
「雨だれの坊やたち、ずいぶんと落ちつきが出てきたようじゃないか。このリズムはなかなかいいぞ! それに、音程(おんてい)だってけっこうしっかりしてる。」
「まあ、ほんとだわ!」
カブリオルはたいへんご機嫌そうにそう言うと、もうメトロノームを止めました。そうしてまた、じっくりと耳をすましますと……
「トンッッッ、トンッッッ」
「ピットン、パッコン、ピットン、パッコン」
 そんな4分の4拍子のリズムのうえに、たちまち音符の列になりそうな、ととのった音の連続が、あっちからも、こっちからも、落ちてきては、たがいにけんかをしないハーモニーをつくりはじめています。
 傘たてがわりのビールだるに落ちていたしずくも、ブリキの板や、ペンキの缶をたたいていたしずくも、雨もりよけのコップのなかに落ちていたのも、庭の鉄箒(じゃらん)の歯をズィンズィン、鉄琴(てっきん)がわりに鳴らしていたのも、もうみんな、いつしか自分勝手はやめて、きそいあわず、十二階だての音の階段のなかから、あるひとつの階を、ひとりでに選んで、メトロノームにさそわれたひとつのテンポのうえにのり、そのなかで自由に自分のメロディをつくりだしたようです。そうして、みんなで追いかけっこをし合いながらも、おたがいのふしもきき合って、あらそいにならない響きの手をむすびながら、進んでいくのでした。
 それはもう、ひとつの音楽でした。

「わぁおもしろい。これ、書きとめようっと!」
 カブリオルは、いそいで五線紙をひろげると、《虹のうた》と題をつけ、雨だれたちの打つ音とリズムを音符にしはじめました。

「ほう、まるでチェンバロの曲のようだね‥‥。おじいさんの時計のように、ずっとずっとむかしから、ひとりでに刻みつづけていく時間の音楽みたいだ。」
 音楽の大好きな、えかきのカデシさんは、こう言いながら、ひとつの古い曲を棚から取りだしました。

「そのまま、この音楽へうつっていこう。」
 カデシさんは、チェンバロのしずかな曲をかけはじめました。
「しってる、これ、エナガたちがひいた楽器だね?」
 フーガが耳をぴんとたてて言いました。

「ほう! フーガはチェンバロを知ってるのかい。」
 カデシさんはおどろいてみせました。

「うん。いつかふしぎな光の日があってね、ふしぎな光をだすふわふわの雲にのったお空の天使のために、小鳥たちが、いろんな楽器をつくって、あすこの丘にもってって、みんなで合奏したの。」
 フーガは、窓の外を指していいました。

 みどりふかい、チッポルのなだらかな丘。その上空をめざして、お空の天使の雲のざぶとんが、けさもふわふわ、お空をただよっています。
「そのときね、エナガたちの楽隊がひいたのが、これだったんだよ! ねぇ、カノンちゃん?」
「そう。あたしたち、エナガがチェンバロをつくる一部しじゅうを、みていたの。……そういえば、このどこかチクタクいうかんじ、あのときとそっくりだわ。」
 カノンもうっとりした顔をして言いました。
 お部屋に流れはじめた、そのチェンバロの音楽は、ふしぎとおもての雨だれたちの合奏と、なかよくしています。なんだかもとはひとつの音楽を、おたがい知っていたかのよう。


 さて、朝ごはんをすませたカノンとフーガが、またいつものように窓辺にすわって、いつのまに消えた虹のあとを、きらきら飛びかうミツバチや、輪になって踊るちょうちょたちのロンドを気にしながら、すっかり晴れあがったお外をまぶしそうにながめておりますと、カデシさんはさすがに、ちょっとかわいそうになって、言いました。

「そうだ。カノンや、フーガや。おまえたちもすこし大きくなったことだから、そろそろふたりでお外へ遊びに出てもいいことにしようね。だが、これだけは約束するんだ。あんまり長い時間、行かないこと。それから、あんまり遠くへは、行かないこと! そう…たとえば、あそこの丘ほどに、遠いところはね。」

 カノンとフーガは、カデシさんの絵の具だらけのズボンにからだをこすりつけると、のどをグルグルならしてお礼をしました。
「遠くへ行きたくなったときは、きっとこっちを呼ぶんだよ?」
 カデシさんは念をおしました。
 カブリオルが出窓をあけ放ちますと、ふたりはまるで足にばねでもつけたように、さっそくお庭にくりだしていきました。・・・


 カノンとフーガは、うれしくてうれしくてしかたありません。きょうからはこっそりと、だまってお部屋をぬけ出さなくてもいいんです。それにお散歩するにも、もうだあれもおともなしで、ふたりだけで胸をはってお外を歩けるのです。なんて晴ればれした気分でしょう! きょうのお天気みたい。
 でも、あんまり遠いところや、こわいところへは行けません。
 で、ふたりは相談して、お庭めぐりをすることにしました。館をかこむお庭は、まるで迷路のよう。まずは出窓の下から、出発します。
 ふたりはそろってかけ出しました。――

 ノンノンノン、……ご機嫌よく、ふたりがお散歩をはじめて、まもなくのこと。
玄関さきのノバラのアーチと、ニワトコのしげみの間をくぐるとき、カノンがシッポをもちあげて、きゅうに足をとめました。
 フーガもすぐに気がつきました。
「あれなあに? カノンちゃん。」
 カノンとフーガはじっと目をこらしました。

 ニワトコの枝さきと、イバラのアーチをつなぐように、それはそれはうつくしい、大きな光のレース編みがかかっています。いったいだれがほしたんでしょう? まだすこし、ぬれていますけれど。
 ふたりはよくよく近づいてみました。
「うちのガラステーブルにのっかってるのと、そっくりだ。」
 フーガがさけびました。
「だけど、あれよりかもっと、ずっと透きとおって、きらきらしているわ。ほらみて、あっちにもこっちにも、かざりがついているもの。」
 カノンが、ため息まじりにそう言いました。あちこちにビーズの玉が光っています。
「こっちのかざり、もうおっこちそう! あ〜ん。」
 フーガが口をあんぐりあけて、下でまちかまえます。
「あたし、このレース編みほしいな! つめにひっかけると、ガムみたいにぐちゃぐちゃになったり、のびたりしそうだもの。」
 カノンも、ながいシッポをふるわせながら、いまにも手をかけそうになった時です。

「こら、遊び道具じゃないんだぞ!」
 ふいに、むっとした声が空からツツゥーと、下りてきました。みると、網の中心からま下へおろした糸をつたって、一匹のレースグモの子が、いそいで地上に降りてきました。 サーカスのピエロみたいな、黄色と黒のくすんだシマの衣装を着ています。
「ごめんなさい。でもきらきらして、とっても気になるんですもの!」
 カノンがなだめ声で言いました。

 とその時です。クモの巣の網の中心から、ツウと一本の透きとおった光が降りてきました。……とふいに、みどりがかった青白い色の光の影のようなものがまたたいて、ま下にいたクモの坊やのなかへと、これをつたって降りていきました。
 ――――クモの坊やが、ふと笑いかけました。

 ざぁーーっと、いちじんの風が庭を吹きぬけていきます。アーチにからむ、ノバラの白い花びらから、ゆっくりと蔓べをつたって落ちてくるしずくの精が、風にたわんだレース編みのあちらこちらにひっかかっては、うつくしいビーズのかざりになってうちふるえました。そうして、草のにおいのするそよ風が、庭をわたってそよぐたび、それはそれはめまぐるしく、色とりどりに輝いていました。……そうそう。もしかするとさっきの虹が、ちいさい宝石になって、ここによみがえってきたのかも知れないな、そんなふうに、カノンとフーガには思えました。
 きらきら光を放つのは、しずくのビーズだけではありません。それをつなぐ糸じしんも、みえない光の階段を、あっというまにすべり降りるエスカレーターと、あっというまにかけ昇るエスタレーターの、行きかえりの合図のたび、何色ともいえない信号を、まばたきのように放っていくのです。

「きれいだろ?」
 クモの坊やは、ちょっととくいそうに言いました。
「うん、とても。」
 カノンがこっくり、うなづきました。
「うん、とても。」
 フーガがこっくりこっくり、うなづきました。
「何度も練習して、やっといちにんまえになったんだ。」
 そう言いながらも、おやおや?クモの坊やは、どうしたのでしょう、またふいに、いのちづなをつたってのぼっていくと、せっかく張ってある光の網を、なんとたたみはじめているではありませんか。
「もったいなぁい。どうしてたたむの?」
 フーガはおひげをピクピクさせて言いました。
「店はおしまい。おいらは朝、たたむのさ」
 クモは手品師のようにすっかり糸をどこかへかくしてしまいますと、
「もっとみたけりゃ、庭のあちこちを見みまわしてごらんよ? たたまないで、一日中張っておくなかまのも、たくさんあるんだぜ。ほら、あそこだって。」
 そう言って、お庭のほうぼうを指さしました。
「あれはハンモック。あんずの枝と枝のあいだに、ゆりかごみたいに揺れているだろ?
オウギグモの編んだのさ。それにほら、てっぺんだけ編んでない、バスケットみたいにぶらさがってる網があるだろ?」
 クモの坊やはシラカバの低い枝をさしました。
「あれはジョロウグモさんのだ。」
「あそこのは? ほらみて、フーガ。ななめの線だけ、太いバッテンに編んであるわ。それにいろんなかざりもついてる!」
 カノンが目をパチクリさせてたずねます。
「あいつはアクセサリー屋。コガネグモの店だ。ぼくのよりか、ずっと細くて、目が混んでいるでしょう?」
 フーガも短いシッポをトントンさせて、
「ねえねえ、あのねばねばしたのは?」
「ああ、草のうえに張ってある網かい? あれはねぇ、クサグモのなんだ。あいつらときたら、もう家中、めちゃくちゃさ!」
「そういえば、めちゃくちゃ知しってる! あれ、ものすごくしつこいやつ。あれがいっとうガムみたい。」
 フーガがこうふんしてさけびました。
「あたしもしってるわ。このまえ、お散歩につれてってもらったとき、あの網がベタベタ足にくっついて、とうぶん離れなかったの。‥‥ああ、それにしても」
 カノンがこころなしか首をかしげて呟きました。
「もったいなかった…。さっきたたんじゃった、きれいな編み物。もっと見ていたかったわ。」
「あたしも、さっきのやつほしい! さっきと同じの、ほしい!」 
 フーガがそう言うなり、となりの角のヴェランダへとんで行ったかとおもうと、たちまちカデシさんの望遠鏡のある、かんそく台から、まあるい紙をくわえてもどってきました。
「こういうの、ほしい。これつくってよ!」
 フーガは白い手で紙をたたいてみせました。お星さまとお星さまの間が、目もくらむような複雑(ふくざつ)な糸でむすんであって、ヘビつかいや、さそりや、つばさをつけたお馬のかたちにつながれています。
「フーガ。それ、編み物じゃないわよ。」
 カノンがおどろいて言いました。フーガは、星座表(せいざひょう)を、レース編みとまちがえていたのです。
「うぇい!」
 フーガはうなりました。
「ううん…。そいつはよわったな。」
 クモの坊やは、まじめな顔をしてつぶやきました。
「もし、それと似たのをつくってやるにしても、いまのぼくにはむずかしすぎるな。そんな手の込んだのをつくるには、これからもっともっとシュギョウをつまなきゃ。もっとも、天の川を編むには、ぼくよりコガネグモのほうがよっぽど帯をじょうずに編み込みそうだぜ。なにしろあいつらときたら、手の込んだことが好きだからね…。」

      * * *

 そうこうするうち、三人は、すっかり仲良しになりました。しばらく過ごしているうち、クモがこう言いました。

「ねぇ。…きみたちは、この辺りのようすをうかがっている天使のうわさを、きいたことあるかい?」
「天使ですって?」
 子ねこのふたりは息をのみました。
「天使、知ってる!」
 フーガが目をかがやかせてききました。
「天使って、もしかすると、ふしぎな光のでる日にふわふわの雲のざぶとんにのってくる子のこと?」
「やぁ! きみたち知ってたの?」
 クモはかえっておどろいたようすで、そうきき返しました。
「まぁ、そういうぼくにも、天使ってやつがいつもそうだかどうなんだか、じつはよくわからないけれど。この辺りの連中が言うには、きっとそういうことだと思うんだ…ふしぎな光の日にやってきて、ふわふわのざぶとんに乗っていて…。」
と、ややあいまいに、こたえました。

「わたしたちも、天使のほんとうの姿は、みたことないわ。でも、光のできごとはまえに一度みたわ。小鳥たちが、その日話していたの。」
 カノンが、ちょっとなつかしそうに、物語るような声で言いました。
「うんうん。たぶん、天使の姿そのものを、みたことがないのは、だれだっておなじさ。でも、きみたちにも、光のできごとは、みえたんだろ。すごいじゃないか。……へえ、だけどおどろいたな! きみたちには、それを話す小鳥たちのおしゃべりが、きこえたのかい?」
と、クモの坊や。
「そうよ、それであの日あたしたち、きょうがなにか特別の日なんだってこと、知らされたんだもの!」
「おしゃべりだけじゃないよ! あたしたち、そのあと小鳥たちの合奏だって、聞いちゃったもの! ねぇカノンちゃん。」
「そうなの。天使のしらべみたいな、小鳥たちの合奏だったわ?」
「そうかい!」クモはたいそう感心して言いました。
「そいつは、たしかに、あの日のことだ。光のできごとの日にちがいない…。ふうん、きみたちねこにも、小鳥たちのことばと音楽、わかるとはね…。」
 クモは、なかば自分をなっとくさせるように、うなずきながら言いました。
「それは、あたしたちが、特別なねこだからかもよ!」
 フーガがとくいそうに、胸をはりました。
「それより、あの日が、ほんとに特別の日だったのよ‥‥。きっと。」
 カノンが、茶トラの長いシッポをくゆらせてつぶやきました。
「だって、なにもかも、ふしぎだったの。小鳥たち声も、なんだかいつもとちがったことばで聞こえてきたの。音楽だってよ。」

 クモの坊やはふと、ふたりのねこが、きょう、たったいまも、いつもは聞こえないはずの声を聞いて、こうしていつもとちがうことばをしゃべっているのに、気づきますと、すっかりうれしくなってしまいました。
 きゅうにこころから、わらいがこみあげてきます。
このふたりには、もうなにもかも話せるようにおもえました。

 ふと、クモの坊やの顔から何かの光のしるしが、降りてきたと思うと、またあっという間に天に昇っていきました。クモの巣は、ついさっき、もうすっかりたたんでしまったのに、気のせいのようなみえない光が、あかね色や緑色にかがやいて、クモの坊やの顔を照らし、やにわに天にのぼっていったのです。――――


「ね。そういえば、あのざぶとんの雲にのってくるっていう、天使の秘密を、知っているかい? ぼくたちクモと、とっても関係のある秘密なんだぜ。」
 クモの坊やはほほえみながら、たずねました。
「秘密? 天使とクモと?」
 ふたりのねこは、おヒゲをふるわせ、目をまんまるにして身をのりだしました。
「なあになあに? それはなあに?」
「えっへん! それはね‥‥」
 クモはいばりながらも、きゅうにひそひそ声になって、言いました。
「お天気の日に、光の天使がおひさまから地上いっぱいにかけ下ろす、網を知ってるかい?それと、あそこのとんがった教会がたっている丘に、お昼になるとまっすぐに降りてくる光の帯のこと!」
 クモは、前あしで遠い丘のてっぺんを指差しながら、たずねました。
「知ってる、知ってる!」
 ふたりのねこはそろって、うなずきました。
「あたしたち、毎日あそこの窓から、みてるもん!」
 フーガがいばって、いつもおすわりする白い出窓を、指さしました。

 出窓からは、まだかすかに カデシさんのかけているチェンバロの音楽が聞こえます。 ときおり、カブリオルのきゃっきゃっ、いう声が、それにまじって響いてきます。

 カノンが、ひとつひとつ思いおこすように、話しはじめました。
「あのふしぎな光のできごとの日から、窓の外をながめるたび、なんだかいつもま昼になると、雲から光るほしものが、たれてくる気がするの。そのうち、教会の赤い帽子のてっぺんで、お星さまのような光がきらきらって、まばたきするわ。光の網も、よくみるのよ。ふかふかになった雲のざぶとんが、お空のまんなかまで来ると、いつもわたのすきまから、おひさまにかけた光の網を、この村いっぱいにかけおろしてるわ? あたし、あの網が、いつかの光のできごとがあった日に、それはそれはきれいな虹のリングを、おひさまにかけてあげてたことも、おぼえてるの!」
「そうか。みていてくれたんだ! やあ、じつはさ、その光の帯も網も、ぼくらとおなじ、このクモの糸でできているんだぜ。」
「ほんと?」
 フーガが、目をまんまるくしました。
「まあ!…じゃ、透きとおってみえるのは、そのせいなの?」
 カノンはさっきまでここに張ってあった、クモのレース編みのまぼろしを、たどるようにソラによみがえらせて、そうつぶやきました。
「どうしてわかった? 天使の帯と網が、クモの糸だって! どうやってたしかめた?」
 カノンもフーガも、こぞってたずねました。

「いやぁ、それがさ‥‥。」
 クモの坊やは、ぼりぼり頭をかきました。
「ほんとに、ほんとにクモの糸かってことは、じつをいうとだれも、まだたしかめられたことはないのさ。でも、きっとそうにちがいないって、みんなそう言っている! いや、言っている だけだけど…。でもまあ、そう言っている。クモばかりじゃなく、この辺のなかまは、みんなだよ。
 あのねえ、こういういい伝えがあるんだ。おじいさんの、おじいさんの、そのまたおじいさんの、……ともかくものすごく年とった、おじいさんのクモが、はじめてお空の天使に、クモの糸玉をプレゼントしたって話がね。」
クモの坊やは話の糸をつむぐように、こうものがたりました。

「天使はいまでも、そのクモの糸玉から糸をひいて、雲のうえから地上につり糸をたらして合図をおくったり、お空に雲のいたづらがきをして遊ぶんだって…。 だからぼくたちクモは、いまでもときどき糸玉を巻いては、小鳥たちに、かれらのかなでる音符の五線にして、空へながしてもらったり、ほかの羽根をもったいろんな生きものたちに、空に舞いあげて送ってもらうんだよ。だから、あそこの丘の帯にも光の網にも、きっと贈った糸玉のその糸を、天使はつかってくれているはずだって、そうみんなは思ってる。」

「ふうん…。」
カノンもフーガも、じっと聞き入っています。

       * * *
「ねえね。あの日から時どき思うのだけど、みんなはなぜ、天使って子が好きなの?」
 カノンがふいにたずねました。
「そうだよ。どうして、そんなにしてまで、天使って子をまねくの?」
 フーガもききました。
「ううん…。」
 クモの子は、そうきかれると、たいそうとまどったようすで、前あしを組みました。
「どういえばいいんだろう。そいつはむずかしい質問だ。」
 クモは、低い花壇(かだん)の端にちょこっと腰かけてから、しばらく考えはじめました。カノンとフーガも、ならんで腰かけました。
「でも、たとえばきみたちはあの小鳥たちの合奏のできごとのあった、ああいうふしぎな日には、なにか気持がよくならないかい?」
「よくなる、よくなる!」
 フーガが拍手しました。
「そうね! あの日はとくに、心がおどって、どきどきして。お空はさわやかだったし、音楽にもうっとりしたわ。ふだん聞こえないものが聞こえたし、見えないものが見えたわ。」
 カノンもうなずいて言いました。
「透きとおったいろんなものが、浮かんだり、ただよったりしたもの。」
「いろんな光の糸の色が、すこしづつ、うつりかわるのもみた!」
「そうなのさ…。とてもいい心地が、するだろう? そういう時、ぼくは思うんだ。もしかすると、お空の天使は、ぼくらとつながっているのかな、って。もしそうなら、ちょっとでいいから、会ってみたいなって。」
「あたしたちのしあわせな気持が、そのまんま天使の気持なのかもしれないわ?」
 カノンがおしりをツンとあげて、言いました。
「そう、ふたつがひとつ、ふたつでひとつ、っていうふうなね。」
 クモもうなずきました。

* * *

「そういえばきみらは、カデシさんちのねこなんだろう?」
 しばらくして、クモが言いました。
「カデシさんを知ってるの?」
 カノンがおどろいてききました。
「カデシさんて、あたしたちのごちゅじんだよ?」
 フーガも、そうさけびました。
「しってるさ。ぼく、よくカデシさんちにおじゃまするもの。とくにアトリエの、あの高い天井にはね! わかるかい? サーカスの練習にも、編みものの練習にも、ぼくらクモには、あそこがうってつけなのさ。おまけに、ぼくのお気に入りの絵に、いくつも会えるんだからね。おもわずあの中へ入っていきたくなりそうなやつにさ! そうそう。あのアトリエのなかにひとつ、光の帯が、雲の間から降りている、チッポルの丘の絵が、あるじゃないか! ほんものそっくりのさ。」
「え、ほんと?」
 ふたりが、目をくりくりさせて、ききかえしました。
「ほんとって、きみたち、自分の家の絵のことも、知らないのかい?」
 こんどはクモが、目をまんまるくしました。
「あのねえ、あたしたち、〈おいた〉ばっかりして、いろんなとこに穴あけて入るから、絵のなかだけはこまるよって。それであすこのお部屋だけ、まだ入れてもらえないの。」
 フーガがややしょんぼりした顔で、言いました。おヒゲをくんにゃりさげて。
 それを聞くと、クモの子はげらげらわらって、
「じゃぁがんばって、〈おいた〉をしないいい子にならなくっちゃね」
と告げてから、
「やぁいけない! こうしちゃいられなかったんだ。おしごと、おしごと。もう、あなぐらへもどらなくちゃ! へへ、きみたちの天井うらや、えんのしたが、ぼくらの作業場なんだぜ。じゃあまたね!」
 と、いそいだようすでクモは、前足を一本あげてあいさつすると、あわてて走って行きました。
「あの、あの! クモさん。ちょっとまった!」フーガがあわてて呼びとめました。
「ねえ、網を張るところは? いつ見せてくれるの?」
 クモの坊やは、手を振りながらいいました。
「それは、また会ったとき!」


         * * *

 さて、お庭にはあいかわらず心地よい風がそよいでいます。どこからか、あまずっぱい、いいにおいもしてきます。カノンとフーガが、ノバラのアーチをくぐりぬけ、そのいいにおいのほうへさそわれるように、お庭のすみのくらがりにむかって歩いていきますと、うすむらさきのリラの花が、まるでお城の塔のようにとがったからだを、枝のあちこちでゆらしながら、いいにおいを放っています。そのお城のまわりを守る、ねじくれたリボンのような葉っぱたちも、妖精のこもりうたを歌いながら、ちらちら日ざしをちりばめては、お庭の地面にハチの巣状の、おひさまのわれた鏡をうつしています。
 そのうち、日ざしはいよいよつよく照りつけてきました。おひさまの白黒映画が、いっそうくっきりと庭のスクリーンにうつしだされるので、カノンとフーガはちょっと目がくらくらしました。
 と、足もとを、まるでおまじないにかかったみたいにみちびかれて、アリたちが、ぞろぞろ群れをなして行進していくではありませんか。カノンとフーガはおもわず後を追いかけました。でもなんだかふらふらして、手をだそうとするすきに、行列はどんどん先へすすんでいきます。
 そのうちアリの軍隊は、魔法のくすりのたちこめる、リラの塔めがけて、一列になってよじのぼって行きました。お城に侵入しはじめた、まっ黒いよろいかぶとの騎士たち…。 カノンとフーガは背のびして、リラの木のすそによりかかりながら、ちいさい軍隊を見おくっていました。

 ちかくの森では、カッコウが、なんだかこわれた時計みたいに、いつまでたっても十時をすぎぬ、かわりばえのしない声で時を告げています。
 リラの天幕におおわれた、かげ絵のまわる遊園地のなかで、まぶたにちらちら葉かげを受けながら、ふたりの子ねこが何かを待っておりますと、おや。なんでしょう?
 木陰のとなりのひだまりから、なにやら白いふわふわしたものが、ひとつ、ふたつ、まるでちいさい気球のように、ゆっくりと空へ舞いあがっていくではありませんか。

 それは、たんぽぽの精でした。おひさまのぬくもりをぽかぽかとからだじゅうにあつめながら、ねむっていた若い種の精たちが黄色い花のベッドからひとり、ふたり、風の声に背中をおされて、ゆっくりと身をもたげたとおもうと、きゅうにいそいそとお出かけのしたくをはじめます。みんな、わた毛のパラソルを、白いプラネタリウムみたいな円い屋根からひとつずつぬき取っては、右に左に、くるくる回しながら、いまにも空へ飛びたっていこうとしています。
 カノンとフーガはいそいでひとりのたんぽぽの精のあとを追いかけて行きました。
「まってまって。よくみせてよ、その傘!」
「いったいなあに? おおさわぎをして?」
 たんぽぽの精は、せっかく舞い上がった白いパラソルを、わざわざつぼめて着地(ちゃくち)しました。
「ねえ、おねがい。それみせて。白くて、小鳥の毛みたいにふわふわしてすてき。」
 カノンがさけびました。
「あたしたちの胸の毛にもちょっと似てる! お耳の下のこの毛にも。ねえ、ちょっとだけ、それ、さわらせて!」
 フーガもおねがいしました。
「しかたがないわ…じゃあ、少しだけね。わたしたち、どちらかというといそいでいるから。そうはいっても、間に合うのかどうかも、何か起こるかどうかも、ほんとうはわからないのだけど」
「どこへおでかけ?」
 白いわた毛のプロペラに、息をふわりとかけながら、カノンがやさしくたずねました。
「お空のようすをうかがいに。わたしたちの、あたらしいねどこを、見つけに行きがてらね。」
「お空のようす?」
 カノンがきき返しました。
「ようすみて、どうするの?」
 フーガが首をかしげました。
「きょうが、ほんとうにふさわしいかどうか、たしかめるの。」
 たんぽぽの種の精が、あわいひとみを空にそらして言いました。
「ふさわしい、って、もしかして、あのふしぎな光のできごとの日?」
とカノン。
「そうなの…もっとも、そういう日に、天使がこの辺り一帯に降りるのか、私たちがのぼっていくのかは、ほんとのところ、よくわからないけれど。」
 たんぽぽの種の精はそうひとりごちてから、
「それはそうと、どうして知ってるの? あなたがた。ふしぎな光の日のこと…ねこのくせして。」
パラソルのわた毛をふくらましながら、そうたずねました。
「ねこのくせに?」
 カノンはすこし、むっとしました。
「あたしたち、特別のねこだから!」
 フーガのほうはとくいげに、たいそうはしゃいで言いいました。
「まあ。そう!」
 たんぽぽの精は、すましてこたえました。
「それじゃあ、もうちょっとくわしく、教えてあげるわ。そのかわり約束して? あなたがた、きっとわたしたちにじゃれてひっかいたり、わたしたちをふみつぶしたり、しないって。」
「しない、しない!」
 ふたりはちかいました。
「わたしたちをつついて、おなかのなかへとじこめたりしない?」
「絶対に、しないわ。」
 ふたりはそろって、大きくうなづきました。
「じゃ、いいわ。おしえてあげる、いろんなこと。」
 たんぽぽの精は、このあたりにむかしから住んでいる、いかにも妖精らしい口調で語りはじめました。

「わたしたちね、このあたりの空をつかさどる天使が、よく地上に降りたがっているらしいのを、知っているの。ちょっといたずら坊やの天使だそうなのだけれど。それで地上のみんなが、なぜかしら天使に降りてきてほしいと思う気持をつのらせて、しかも天使のほうでも降りたいな、この辺りで遊びたいなって思っていそうな、日をえらぶのよ。あるいはなにか天からの信号を、見たり聞いたりした地上のなかまが、多くいる日を、わたしたちが感じとってえらぶの。そう、その日のお天気や光の感じや、みんなの気分‥‥そういう思いのつのる瞬間なんかをね、見さだめなくてはならないの。それが役目なの。天使をまねくために。」
「それじゃ、いつかの小鳥たちの音楽会の日にも、あなたがたのような、妖精が、はたらいていたのね?」
「ええまあ……。それでじつをいえば、けさも、まずわたしたち妖精が、宙を舞い上がって、雲を降りる天使と、わたしたち地上のものたちがひとつになる瞬間の、なにか合図のこうかんをするのに、ふさわしい日になりそうかどうか、たしかめに行こうとしていたの。まあ、たしかめるっていっても、ちょっとあいまいものだけれど…。」
「ふうん」フーガが鼻をならしました。
「でもきっと、わたしたちの心が、空を飛び回ってるうちに、だれかに呼びかけたいような、ふしぎななにかに満たされて、しあわせでしかたなくなってきたら、それはその日にふさわしいんだ、って思うのよ。」
 たんぽぽの精は、自分をふるい立たせて言いました。

「ねえ。…もし、たとえひとりでも、天使の降りるのをそれほどねがわないなかまがいると、そんなとき、むりに天使をまねいてはいけないの?」
 カノンがそっと、たずねました。
「そう…ひとりでもいやいやなかまにされたって気持がまじっていれば、天使はきっと、降りてこられないと思うわ。」
 たんぽぽの精は、ふわふわの白いあたまを、ゆっくりゆらして言いました。
「もし、地上の仲間のうちの、あるだれかひとりの気持を、むりに、すべての仲間にしいるとすれば、その世界はたちまち、天使ではない、なにかべつの力のはたらきにおおわれて、こわれてしまう気がするの。」
 たんぽぽの精はしんみりした口調でうちあけました。
「地上のわたしたちが、ひとりでにお空のよびかけを感じて、天使のけはいををのぞんで、その気持が高まって、ひとりでにあつまって、踊る心や、歌う心で、光にむかい、空をみあげ、とき放たれた心でのぼっていくのでなければ、それにこたえて、天使はよろこんで降りてはきてくれないと思うの。降りられないのよ。」
「ひとつになれないのね」とカノン。
「そうね。……それでときおり、わたしたち妖精が、そんなふうに地上と天使が生まれかわってまたひとつにつながるための、ちょっとしたお手伝いをする、ってわけなの。お手伝いっていっても、それはわたしたち自身もしらないうちに、いつのまにかそうしているのだけれど。宙を舞ったり、ときには天から降りるつり糸なんかをつたいながら、遊んでいるうちに、なんだかふしぎとそうなるの。」
「ふうん。ひとつになるのって、ややっこしいんだね。」
 フーガが感心したように言いました。
「あら。でも、できてしまえば、すこしもむずかしくはないのよ。ひとつになる瞬間の、合図のこうかんときたら、それはもう、わくわくするわ!」
「それって、どんなふうなの?」
 カノンが息をのんで、たずねました。
「そう、なんともいえないもの! 光のような、音楽のようなもの。透きとおった信号のようなものかしら。…よくわからないわ。なにしろはっきりと、目にはみえないものですものね。みんなも、それぞれいろんなふうにいうの。いろんな受けとめかたが、ありそうな。わたしたちなかまは、それをときどき天使のつり糸って呼ぶけれど、ふつうにはわからないわ。」
「目にみえないもの。……それじゃ天使の姿と、おんなじかもね!」
 カノンが、さっきクモの坊やとした話――天使は何にでも似ている、透きとおったものっていうお話――を思い出して、言いました。すると種の精は、こっくりうなづいてこたえました。
「そう…。たとえばこうよ。……なにか通りすぎた、気配のようなもの。呼びとめられた気にさせる、ひらめきみたいだったていうものもいるわ。まばたきの瞬間に、ふっと宙返りしたと思うと、もう元にもどっているもの。なにかそこいらぢゅうを漂っているものだっていうものもいる。ここにいたと思うともうあちらに消えている、すこしもじっとしていないものだって、いうものもいるのよ。
 とにかく、わたしたち生きものにわかるのは、みんなでうつくしいしらべをかなであったり、ふりそそぐ光をあびた、ひろいひろい野原に抱かれながら、いっせいに空へ舞いあがっていくその瞬間には、わたしたちは光とひとつ、天使とひとつなんだって、そして地上と空とはそっくりひとつなんだって、そう思えるということだけなの。」


 ふと気づくと、たんぽぽの種の精はいつのまに姿を消していました。
 カノンとフーガはきょとんとしてあたりを見まわしました。が、だれもいません。ただ、さっき何人かの種の精が飛び去ったあとをそのままにのこして、ところどころあなのあいた、地球儀みたいなたんぽぽのおうちが、小道づたいに、数え切れないほどの白い点々をおきながら、ごつごつした八つの頭を天にもたげた兄弟竜のお山へと、じぐざぐつづいていくのが見えるだけでした。
 小道と、お山の交差点には、ちょうど黄色いちょうちょうたちが、こんにちは、さようなら、ダンスしながらわかれては、くるくるとらせんを描いて、お山のいただきよりも、もっと高くたかく、のぼっていきました。
 そうして、そのまたうえには、いつかとおなじ、わたあめの雲、そう、天使のざぶとんが、モヘヤ毛糸の尾をひきひき、おひさまめがけて流れていくのがみえました。……


「カッコウ、クヮ、クヮ、クヮ、クヮ‥ッコウ!」
とつぜん、こわれた時報のように、カッコウがしゃっくりしながら、ふたたび時を告げました。
 それからしばらく、あたりはしんと静まりかえりました。小川のせせらぎだけが、ひたひたラムネ色のこだまをうつしてささやいています。

 ひなたにいすぎて、またすこし、まぶたが痛くなったカノンとフーガは、地面にくっきりときざまれた、リラの回る木陰で、半時ほどゆっくり過ごしました。そのうちふたりは、こっくりこっくり、しはじめました…。

 しばらくすると、かたわらのツリガネソウが、まぶしそうにゆれながら、チリチリ話しかけました。と、
「カノンちゃん、フーガちゃん、もう十一時半ですよう!」
 カブリオルが玄関の鐘を鳴らしてふたりを呼びました。

 カノンとフーガは半分ねむたげの目をしたまま、ふたたびひだまりを通りぬけ、いそいでお部屋へもどっていきました。


  * * *


 夕ごはんのあと、子ねこのカノンとフーガは、きょう起こったできごと…というほどでもないできごと を、カデシさんにいっしょけんめい話してきかせました。
それから、きょう出会ってすぐになかよくなった、クモの坊やのことも、坊やとしたお話も、カデシさんに聞いてもらいました。

「それでね、クモさんったらこういうの。お空の天使が、お天気の日にはいつもおひさまにかぶせる光の網も、それからお昼になると丘にまっすぐたらす、光の帯も、それからそれから、雲のうえでその天使がいつも、地上へたらしていろんなものをツンツンつってる、つり糸も、みんな、ぼくらがつむいだクモの糸にちがいないんだぜ、って!」
カデシさんの腕にからだをこすりつけながら、カノンは言いました。
フーガもカデシさんの肩にちょこんとのったまま言いました。
「べつに、だれもちゃんとたしかめたわけじゃ、ないんだって。たしかめてないんだけどさ、きっとそうにちがいないって、思ってるんだよ。クモたちばっかりじゃなく、この辺のなかまはみんなそうだって。」

「ほう、クモの糸、ね……。それはおもしろい話だ。」
 カデシさんはおひげをいっぱいはやしたあごをさすりながら、ちょっと考えこんだようすでつぶやきました。

「天のつり糸。ふむ、そういわれてみれば、じつはわたしにも、おもいあたることが、なくもないよ。……」
「なくもない?」
「うん。――――いつのことだったか、丘のまわりの原っぱの風景を描いていたときのことだ。頭のうえの雲のあいだから、ふと差しこんでくる日射しが、画を描くのを手伝ってくれたように、おもえたことがあるんだよ。その光が照らし出す花や虫たちが、どんな色を置いたらいいのか教えてくれて、そのとおり筆をすすめると、カンバスのなかの風景が、生き返ったように輝いてきたんだ。」
「へぇ。どんな色を置いたの?」
 カノンがたずねました。
「見たままの色だよ」
 カデシさんはこたえました。
「なぁんだ!」
 とフーガ。
「はは。そうかいフーガ。でも、それがなかなかむずかしいことなんだよ。」
 そう、カデシさんは笑いながら言って、言葉をつづけました。
「で、ふとそのとき、こんなあたりまえでむずかしい、そっとしたことを教えてくれる光は“見えないんだろうか”と思って、そのあかるい日射しを見あげながら、ああ、ひょっとするとあの雲のうえには、天使でもいて、雲間から降りる光は、まるでその子がたらす、つり糸なんじゃないか。そうして、なにかちょっとしたいたずらをして、わたしにとてもよいヒントを、くれているんじゃないかって、思ったものだよ。その日いらい、ときどきわたしは、絵を描きながらその日射しのつり糸をたらす透き通った子のことを思うことがあるんだ。そうして、しばらくじいっとしていると、なにかいい考えが思い浮かんだり、風景が、ざわざわとなにかしきりにささやきかけるような気がするんだよ。そんなとき、ああ、あいつがまた地上に降りてきたのかもしれない。きっとそうだ、って思うことにしているのさ。わたしが描くイメージや、風景や、ものたちのなかにひそんで、おしゃべりしてる。わたしとお話しにきてくれた、ってね。」
「カデシさんが絵を描くときは、いつもいつも、その光が教えてくれるの?教えてくれた通りに描くの?」カノンがたずねました。
「いいや。……いつもそうとはかぎらない。もっと暗くてもやもやしたものに押し出されるようにして描くときだってあるさ。そういうときは、ああもうこんな世界からほんとうはのがれたい、外へ出たいなって、こころのどこかで思いながら描いたりするのだけれどね。」カデシさんは、ふっとひと呼吸してそうつぶやきました。
カノンはじっと、これに耳をかたむけながら、なにか大事なものを思いだすように話しているカデシさんのようすを、ひとみをいっぱいにひろげてうかがっていました。 フーガはというと、カデシさんの話をろくに考えずに、今日あった話をさきへすすめました。
「ともかくさ、そいでね、みんなやっぱりなんとかして、天使のつり糸が、ほんとにクモの糸かどうか、それをたしかめたいねって、この目で一度でいいからみてみたいねって、なにかとあつまっては、よくそう話してるんだって! それに、できれば天使のほんとのすがたもみてみたいって。ね、カノンちゃん。」
「ええ。そういってたわ」カノンはいいました。

「天使のほんとうのすがたを見てみる、か。……それはたいそうむずかしいかもしれないね。そう…たぶんそれは 天使と一緒にいること よりも、もっとむずかしいことかもしれないよ。」カデシさんがそうつぶやきました。
「え?」カノンがおどろいてカデシさんを見上げました。
「もともと天使はいっぱい姿を持っているもの、なのかもしれないんだからね。だって天使はいろいろな姿になれるもの、かもしれないだろう? 〈それ以外に〉、ほんとうの姿を持っていると、考えなければいけないのかな? きみたちはそう思うかい?」
 カノンは不思議そうに目をしばたたかせると、しばらくカデシさんを見つめていました。

 フーガはいつのまにかカデシさんのひざをはなれて、バネじかけみたいにピョンピョン跳びはねながら、部屋のすみへとバウンドしていく小さなボールを追いかけていきました。




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