スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | | - | - | | - | - |
Entry: main  << >>
クモの仕立て屋
雨あがりには この網も
いまにも こぼれ落ちそうな
ビーズの玉が あちこちに
きらめきゆれて おしゃべりします
風の吹く日は この網も
澄みわたる 天の吐息(といき)に なぶられて
たわむふねの帆 さながらに
あおい眠りに つくのです
月の夜には この網も
銀糸ののれん たゆたわせ
わたすげの穂を からませて
空へと昇ってゆくのです

うつくしい レース編み
わたしが 仕立ててあげましょう
さあさあ、クモの仕立て屋でござい。
なんでも注文 たまわります

           * * *

ある雨あがり。森のあちこちから、小鳥たちのきもちのよい声が、朝もやの中にひびいていました。
ズィンズィン、ズィン、小さなハープをつまびく音。シィー、キィー、とおくでぶらんこのきしむ音。いろんなさえずりがこだましては、ざわざわとこずえを通りすぎる風なかに消えていきました。
と思うと、けぶたい木もれ日が射(さ)すような、ほんのかすかなさえずりが、いつしかまた、どこからともなく聞こえてくるのでした。
そんなしっとりとしずかな、森の朝のことでした。

一羽のヒガラが、ツピンツピン…、いまにも消え入りそうな歌声でさえずりながら、木々のあいだを飛んでいました。シデやニレの木の、それはそれはうっそうとしげるなかを。
と、ちょうどそこだけ、まあるくくりぬかれた劇場(げきじょう)のように、ぽかんと空いた草っ原に出くわしました。
草っ原のまわりを、もも色をしたシモツケソウのシャンデリアが、ぐるり とりかこんでいました。
「わぁい。おひさまのスポットが当たってる。あかるくていい気持ち!」
ヒガラはそう言うと、ほんのちょっと、羽根を休めたくなりました。
そこで、まあるい劇場のまん中の、まあるい舞台(ぶたい)のすそに、まい降りることにしました。
と、ふと目の前を、きらきら、きらり。何かがゆらめいて、ヒガラにわらいかけました。ヒガラはおもわず、空中でブレーキをかけました。
おお、あぶない。…そうつぶやくと、ヒガラは停止飛行(ていしひこう)しながら、あたりを見わたしました。
と、なにやらたくさんのビーズ玉が、小人らのおどるダンスのようにうちふるえては、あちこちでかがやいています。
よくみると、透きとおったしまもようの傘(かさ)にもみえる、じつにおおきなレース編みが、行く手をはばんでいるのでした。
ふわふわしたそのレース編みは、たて糸とよこ糸のつなぎ目に、雨粒(あまつぶ)のビーズをおいて、ときおりたのしげに、キラキラと光らせています。
「やあ、びっくりした! もうすこしで、ひっかかるところだった」
あわてて羽根をたたみながら、もういちどじっくり、ヒガラがあたりを見わたしますと、まあるい舞台の幕(まく)さながらに、やんわりと透(す)けたその編みものは、エビヅルのつるべづたいに、そっとかかっておりました。
編みもののすそは、エビヅルの穂の鉤穴(かぎあな)に、ひとつひとつ、きちょうめんに通してありました。
レース編みのそこここに光る、ビーズの玉はどれも、ちいさな虹(にじ)の子を、やどしておりました。
虹の子たちは、ささやくようなそよ風に吹かれるたび、すばしこく色を変えながら、あちこちでうちふるえています。
「とってもきれい!」
ヒガラがそうさえずりますと、すぐさまたいそう気をよくした声が、どこからか聞こえてきました。

「クモの仕立て屋でござい。なんでも注文たまわります」

「こんにちは。この幕(まく)は仕立て屋さんの、のれんだったんですね。あなたはレース編みを、編むのですか?」
ヒガラこうがたずねますと、
「ハンモックでも、手さげ網(あみ)でも、なんでもござれ!」
調子のよい声がかえってきました。
「それじゃぼく、ビーズの玉をところどころにちりばめた、透きとおった冠(かんむり)がほしいな」
「冠ですって! それはめずらしいご注文ですこと」
おどろいた声がしたと思うと、エビヅルのれんの下の、うっそうとからまるツヅラフジのかきねの陰へと、ツウと一本のか細い糸が降りているのが見えました。その糸先から、仕立て屋さんが、ようやく姿をあらわしました。つむざおにしていたツヅラフジの葉棘(とげ)と葉棘の間に、ひょっこりと、ちいさな顔をのぞかせたのです。
「やあ」
ヒガラがわらっていいました。
「そうなんです。ずっとほしいと思ってました! 光の輪っかに、かぶせる冠――。森の出口の、あおいみずうみのほとりで、お空の光にかざしてみたいの。ぼくのかなでる、ちいさなちいさな銀の音をそえてね」
「まあ。それはすばらしいこと! それで、お仕立てはいつまでに?」
クモは、さっそくたずねました。
「じゃあ…あした!」
ヒガラはすぐさまこたえました。
「お時間は?」
「時間は、そうですねぇ…あさはやくに」
「ええと…明日の、朝はやく、と。まぁたいへんですこと」
クモの仕立て屋は、あたまをかきかき、ツヅラフジのまるい葉っぱでメモをとりました。
「しょうちしました。では、最後のしあげをほどこしおわりましたら、そこのまあるい庭先に咲いている、シャジンの花をゆらして、合図の鐘をならしますので、お品を引きとりにおいでください」
「わかりました。それじゃあよろしく」
そういって、ヒガラは蝶ネクタイをむすびなおすと、ツピンツピン、さえずりながら、朝もやのぬいわたる木立のかなたへと、すばしこく飛び去っていきました。

お客とわかれると、仕立て屋さんは、さっそく頭のなかに図柄(ずがら)をえがいて、いろいろと考えはじめました。そうしてなにやらひとりごちながら、仕事場にもどりますと、すぐに仕事にとりかかりました。
エビヅルのつるべの先から、ツウ…と降りて、下をとおる、ツヅラフジのつむに足場をひとつ、つくっては、たて糸を張り、めまぐるしくぐるぐる回っては、よこ糸を張り…。ところどころは、ひっぱったり、くるくるまるめたりなど、むずかしい編み方をしなければならない場所ももちろんありました。…けれどもたんねんに、それはそれは精を出して、息をもつかず、仕事しました。

じき、お昼になろうとしていました。クモは、わたあめのようにふわふわの冠をひとつ、やっとのことで編み上げますと、シャジンの花をツリンツリン鳴らしました。
しばらくすると、シデの木の梢のむこうから、ヒガラがむれをなして降りて来ました。
朝とはちがい、こんどは仲間をつれてやって来たのです。
「わぁきれい! ヤマアジサイの花を台に、つくってくれたんだ」
今朝やって来たヒガラが、さえずりました。
「なるほど。この冠のとがったてっぺんに、おおきなツユをひとつずつのせてくれたんですね」
別のヒガラも、たいそう感心したように、右に左に、首をかしげて言いました。
「ええ。でも風が吹くと乾いてしまいますから、お気をつけくださいね」
クモの仕立て屋が言いました。
「水晶(すいしょう)のようにかがやいてるね」
「ほんとうだ。あの虹の光をうけたら、どんなにきれいだろう」
他のヒガラもくちぐちにさけびました。
「ありがとう! クモの仕立て屋さん」
ヒガラたちはいっせいにお礼を言いました。
そうして、冠をこわさないよう、みんなでそっと飛び立つと、ツピンツピンツピン、お礼を言ってかえりました。



さて――。午後になると、ときおりふっと舞いあがるような、つよい風が吹きはじめました。

クモのレース編みにたわむれていたビーズたちも、みるみるうちにかわくと、数をへらしていきました。

レース編みは、風がふくたび、エビヅルのつるべの軒(のき)に巻きあがっては、はたはたとたわんで揺れています。意外(いがい)に丈夫な網の目が、たてによこに、トランポリンのネットよろしく、はずんでは しなっています。

てんとう虫が、ぶんぶん、ぶん。おおきなニレの木のウロのむこうから、森の中にぽっかり空いた、ひなたの広場へ、散歩にやって来ました。
ふいに、透きとおった、おおきなおおきなレース編みが、かれの行く手をはばみました。

「おっと、あぶない、あぶない! もうちょっとでひっかかるところだった」
てんとう虫はあわてて翅(はね)をひっこめると、どなりました。
「いったいだれさ? こんなはた迷惑のところに、べたべたした編み物を張っているのは?」
すると、どこからか声がしました。

「クモの仕立て屋でござい。なんでも注文たまわります」

「仕立て屋? なんだ、そうだったのか。…な、なに。仕立て屋だって! やあ、そいつはいいことを聞いた」
てんとう虫は、急に機嫌をなおすと、元気よく宙がえりしました。

「それじゃあ、ひとつ注文したいんだけど」
てんとう虫は、せっかちに言いました。
「あのさ、ぼくら仲間は、おおきな網がほしいの。みんなでお空にむかっておひさまの光をすくいとる、透きとおった光の網を」
「光の網…」
クモの仕立て屋がくりかえしました。
「そう。たまにふしぎな光が通るでしょう? 林のなかにぽっかりあいた、あのあおいみずうみに射し込むふしぎな光。ハンの木の柱のあいだから、あたりいちめんに投げかける光さ。あいつを、ぼくたちみんなでうまい具合にうけとめられる、じょうぶな網を、ひとつ編んでもらえないかな。使い古しじゃない、新品のやつ!」
てんとう虫は、たいそうはしゃいでおりました。
「しょうちしました。それで、お仕立てはいつまでに?」
「もちろん、そのすてきな光の通るときまでにさ!」 
てんとう虫は、いばってこたえました。
「ええと、…すてきな光の通るときまで…。それはいったい、いつごろでしょう?」
「そうですねえ…きっと、明日の朝はやくじゃないかな」
「明日の朝はやく…と」
クモの仕立て屋は、ツヅラフジのまるい葉っぱで、しっかりメモをとりました。
「できそうですか?」
「ええもちろん!」クモはしっかりとこたえました。
「では、最後のしあげをほどこしおわりましたら、あのまあるい庭先の、シャジンの花をゆらして、鐘をならしますので、その合図をきいたら、お品を引きとりにおいでくださいな!」
「よろしくおねがいします」
てんとう虫はよろこんで、またもや宙がえりすると、そそくさと帰っていきました。

クモの仕立て屋は、さっそく頭のなかで、つぎの図柄(ずがら)をえがいて、いろいろと考えはじめました。そうして、ほどなくつぎの仕事にとりかかりました。
ツウ…と降り、足場をつくってはたて糸を張り、めまぐるしくぐるぐる回ってはよこ糸を張り。底のほうはことに、ふだん自分のくせでは編まないような、じょうぶでむずかしい編み方をしなければならない場所もありました。…けれども息もつかずいっしょうけんめい仕事しました。
夕方になるころ、ようやくおおきなすくい網を編み上げますと、シャジンの花をツリンツリン、鳴らしました。
と、てんとう虫の坊やが、どこからともなく降りてきました。こんどは仲間をたくさん、連れています。
「もうできたの。わぁすごい!」
昼間のてんとう虫がさけびました。
「ほんとうだ。ところどころに、こまかいななめのししゅうがしてあって、きれいだね」「ししゅうのところは、ツリバナのちっちゃい花を、ひとつひとつ縫(ぬ)い込んであるよ」
「とっても気に入りました。どうもありがとう!」
昼間のてんとう虫が先頭にたって言いますと、ほかのてんとう虫たちも、くるんくるん、宙返りしながら、みんなしてはしゃいではお礼を言いました。
そうして全員で、おおきな網をいっしょうけんめいもちあげると、ブブ〜ン、といっせいにアクセルをふんで、飛んでいきました。



夜になりました。
「さて。店じまい」
こう言ってクモの仕立て屋は、パンパンと前あしをたたくと、軒にたらしたレース編みの下半分を巻きあげ、それはそれはてぎわよくのれんをたたみました。
月の光がこうこうと、まあるい庭を照らしつけています。
そのスポットライトのなかを、ふうわり、ふわり。わたすげの精たちが、夜風にのって舞い降りてきました。沼(ぬま)のほとりの、白いまほう使いの箒(ほうき)みたいなおうちから旅だって、森まで遊びに来たのです。
「まあ。ここはなんて明るいんでしょう!」
「ほんとうに。くらい森のなか、ここにだけ、まるで目にみえない明かりとり窓がついているみたい」
などとくちぐちにおしゃべりしています。
と、そのうちひとりが言いました。
「あれはなに?」
わたすげの精たちは、それからみんなで、半月みたいに巻きあがった、クモの編み物をみおろすと、すぐさまそこへ降りていき、あちこち、思い思いの場所にとまりました。
「こんなところに、いいハンモックがあるわ」
ひとりが頭をもたせかけました。
「ちがうわ。これはショールよ」
べつのひとりがいいました。
わたすげの精たちは宙を舞いながら、そんなふうにくちぐちにおしゃべりしては、白いスカートをゆらして、ダンスしました。
羽根でできたかぼそい純白のスカートは、舞いあがったり降りたりしては、青銀色の月のあかるみに、ぼんやりと浮かびあがりました。
そのようすを見ていたクモの仕立て屋は、やぶのかげから思わずうっとりと見入っておりましたが、すぐに言いました。

「クモの仕立て屋でござい。何でも注文たまわります」

「まあ、こんばんは」
わたすげの精のひとりが、あいさつをしました。
仕立て屋は言いました。
「わたくしの店先ののれんに、あなたがたのうつくしい綿毛のかざりをほどこしてくださり、ありがとうございます。うつくしい作品になりますわ」
「ええ。よい休憩所にもなりますわ。じつに気に入りました」
別のわたすげの精が、ほほえみながら言いました。
「いっそこれをそのまま、いただきたいほどですわ。でも、せっかくですから、どうせなら、もすこしアレンジをしてくださるかしら。こうしたショールのようなのではなく、もっと、そう…つばさのような形に?」
「もちろん、できますとも!」
クモの仕立て屋はむねをはってこたえました。
「つばさにするには、そうですね…もうちょっとかたちをずらして、ただほんのすこし斜めにわたる細工を、いくつかほどこすだけで、すみますわ。プレゼントですか」
「ええ。とはいっても、はっきりとした相手にではないのですけれど」
すこし太ったわたすげの精が、肩をそびやかして言いました。
「まえまえから思っていたのですけれど…ぜひほしいんですの。あおいみずうみのほとりで、おひさまの光にあてがうとうつくしくかがやく、わたしたちの綿毛でできた、天のつばさのようなのを!」
「まあ。ペガサスのようなものですわね。…それで、お仕立てはいつまでに?」
「そう…はっきりとはわかりませんが、おそらく明日の朝ですわ」
「あ、明日の朝ですって! またしても。まぁたいへん。今日はなんていそがしい日ですこと!」
メモをとるのも忘れて、仕立て屋さんはさけびました。
「またしても、ですって。――というと、ほかにもいろいろ、ありましたのね」
「いったいどんな注文ですの?」
わたすげの精たちは、くちぐちにたずねました。

「ええと…。朝のうちには、あおいみずうみのほとりでおひさまの光にかぶせる冠。午後には、あおいみずうみのほとりでおひさまの光をうけとめる網。そうして夜には、いまのご注文(ちゅうもん)。あおいみずうみのほとりでおひさまの光にあてがう、あなたがたの綿毛のつばさです」
仕立て屋さんは、ちょっとじまんげに言いました。
「まぁ! なんておいそがしいこと」
わたすげの精たちは、月あかりのもとでいっせいに笑い声をあげました。
「それに、みんな考えることとては、いっしょですわ?」
「それほどみんなが、あおいみずうみのほとりで、すてきな朝の光の来るのを待ちわびていたんですのね」
「きっと、クモさんの糸が、朝の光をきれいに透かして、かがやくことうけあいなのを、みなが知っているというわけね」
クモの仕立て屋は、それを聞くと、なんだかうれしくって仕方ありませんでした。そうしてすこしうきうきしながら、言いました。
「では、ざいりょうになるわたくしどもの綿毛を、わたしていきますわ。ちょっとおまちくださいな」
わたすげの精たちはいうと、空中に舞いあがり、みんなしていっせいにこしをふりふり、ダンスしはじめました。すると、みなのまっ白い体から、月の光にかがやく綿毛が、ふわりふわり、おびただしく地面に落ちてきました。いちばんふとったわたすげの精からは、とくにはげしく舞い落ちてきました。
「まあなんてすばらしい。さあさあ、もうこのくらいあれば十分ですわ。」仕立て屋はそうさけぶと、みなのダンスをとめました。
わたすげの精たちはつぎつぎと地面に降りてきました。みな、さっきよりだいぶやせています。
仕立て屋さんは、こういいました。
「では、最後のしあげをほどこしおわりましたら、シャジンの花の鐘を鳴らして合図をしますので、お品を引きとりにおいでください」
「わかりました。おねがいしますわ。ありがとう仕立て屋さん」
わたすげの精たちは、ふたたび空中に舞い上がり、みんなしてひとつにあつまると、まほうの箒(ほうき)みたいな白い綿毛のスカートを、みんなでふわふわゆらしながら、東の夜空へと消えていきました。


「さて、と…」クモの仕立て屋はみなを見送ると、ひとりごちました。―
「このさいごのご注文は、店さきにわたしてある、クモ糸ののれんと同じ型紙(かたがみ)に、すこし手をくわえてつばさをかたどるおしごとだわ」
そう言って、クモの仕立て屋は、さっそく足もとのつるべをつたいのぼりました。そうして、やがてツツウ…とエビヅルの空中ブランコからまっすぐにおりると、こんどはすこしはなれたツヅラフジのロープへとななめに降りて、葉棘(とげ)のつむざおにあたらしい足場をつくりました。
それから、軸糸(じくいと)をめぐらし、弧(こ)を描いてはほんのすこし、ななめにずらし、また弧を描いてはななめにずらしていきました。
みるみるうちに、やわらかい曲線をえがく、透きとおったつばさが、できあがっていきます。
つばさの先のほうには、ちょっと手の込んだ細工を、クモはほどこしました。よけいな糸をつまみあわせて、しだいに細くしていくのでした。
そうしてすっかり糸をつむぎおわりますと、クモの仕立て屋さんは、こんどはこのクモ糸のつばさの上に、わたすげの精たちののこしていった、うつくしいかぼそい綿毛を、ひとつひとつていねいに置いていきました。そうして綿毛の先を、こっそりとクモ糸のあちこちに編み込んでいくのです。この庭にふうわりと腰をおろしていたかのじょたちの、うつくしい光景を思い浮かべては、クモの仕立て屋はほほえんでいました。
はてさて。けっきょく今度も、仕立て屋さんは息もつかずいっしょうけんめい、仕事しました。
そうしてよなべして、この日に受けたさいごの注文も、とうとう無事におわらせたのでした。
ふぅ…汗をぬぐいながら、クモはまた、シャジンの鐘をツリンツリンならしました。
しばらくすると、わたすげの精たちが、ふうわりふわり、あかつきを背に、まるい広場に舞い降りてきました。
「ごくろうさま。まあなんと、すばらしいわ!」
「ほんとうに、ペガサスのようだわね」
「でもやっぱり、ここちよいハンモックのようですわ。ここでずっと、眠りにつきたいくらい」
わたすげたちは、くちぐちにさけんではお礼を言って、クモの仕立て屋をねぎらってくれました。
そうして、みんなして集まると、まっ白な箒(ほうき)にのって、夜明けまぢかいうっすらとした月明かりの中、うきうきと舞い立っていきました。

* * *

あけがたのこと。
林のなかにぽっかりあいた、真空の鏡(かがみ)のようなあおい湖のほとり。
ヒガラの群れ、てんとう虫たち、そしてわたすげの精らが、めいめいの贈り物をもって、岸辺にあつまっていました。それは、ツヅラフジの茎とつるべの、たてよこななめに、ごちゃごちゃとおいしげる、やぶのマストの辺りでした。
みなはくちぐちに、自分たちの編み物を、じまんしあっていました。

あおい空には、うっすらと白い絵の具のにじんだような膜が、かかっています。

おひさまはまだ、すっかり姿をあらわしてはいません。
うすらいだ膜のむこうに、透けはじめたおひさまが、ついに湖のま上にさしかかった、その時です…。

ツピンツピン、チチ…
かぼそい銀いろのさえずりが、森にこだましますと、この瞬間を待ち受けていたヒガラの群れが、空をめざして飛びたちました。レース編みは、みずうみの真上の宙をただよいはじめました。

と、ふいに膜のはれ間から、色とりどりの小さな虹の水玉がはじけ、雨露(あまつゆ)となってまっさおなみずうみに落ちてきました。と、お空のてっぺんには、天の輪っかがぽっかりと浮かびあがりました。
そう、ヒガラたちがかかげた、クモ糸の冠のむこうがわにです…。
それはまあ、何という夢のような光景でしょう。
ヒガラたちが舞いつつあおぐ、クモ糸の冠を、透きとおった王様よろしく、頭上にいただいてほほえんでいる、こうごうしい天の輪っかは、ちょうどこの森の反対がわ、あおいみずうみの向こう岸にそびえたつ、こわれかかった寺院(じいん)の塔(とう)のとんがり屋根に、いまはぴったりかぶさって、やわらかに光かがやいているのでした。
「ほぉー…」
森のあちこちから、おもわず木もれ日のようなため息がもれました。
と、もうまたたく間に、こんどは膜の裂(さ)け目から、てんとう虫たちのかかげる、透きとおった光の網が、ぱっと放たれたではありませんか。
光の網は、それはそれはまぶしげに、空いっぱいにひろがったと思うと、たちまち七色の光のかげを、うっとりと静まりかえった湖の鏡のあちらこちらに、反射させはじめたのです。
きらきらと輝きながらも、光の網は、あおくけぶる辺り一帯をそっと包んで、夢のようにたわむれはじめました。スローモーションでひろがる日射しの噴水(ふんすい)さながらに…。
そうして、あおい日射しの噴水は、湖のなかにゆっくり、ゆっくりと、吸い込まれていきました。――――

それから、どれくらい時間がたったでしょう? 
森のみんなが、しばらくの間うっとりとしておりますと、天の輪っかにくるまれたふしぎな光のおひさまは、いつしか、あおい劇場をささえる左右の円柱(えんちゅう)よろしくそそりたつ、ハンの木の合間にやってきました。
おひさまは、花火のようにチラチラと、ハンの木の円柱の間をぬいはじめました。
そうして、木立にかざした、わたすげの精たちのたなびかせる、天のつばさのスクリーンに、すこしずつ、すこしずつ、近づいていきました。

みなは、息をのんでそれをじっと見守りました。――――

今、おひさまは、いつしか天のつばさのスクリーンの、ちょうど真ん中に届こうとしていました…。
みなの心は高なりました…。
とその時、ヒガラたちの冠(かんむり)をそのてっぺんにいただいて、おひさまはこれまでにないほど、それはそれはキラキラと、かがやきはじめたのでした。

「やあ。おひさまが笑ってる」
「よろこんでくれているんだね」
「あれは天からの贈(おく)り物だ」
みなはくちぐちに言いました。

その間にも、その冠をかぶったおひさまをくるむ、天の輪っかを降りてくる、長いながい光芒(こうぼう)の下には、てんとう虫たちの投げかけた光の網が、じっくりとまちかまえておりました。
おひさまは、青白い光をやんわりとたゆたわせながら、純白のあわのような光の網のなかに、虹の七色をゆっくりと波打たせました。
それはまるで、船の帆のようにぱたぱたと風をはらみながら、もやの中にゆらめき立ちました。
帆のむこうのおひさまは、ふるえる光の影を、あおいみずうみの鏡舞台(かがみぶたい)に、きらきらと映しだしていました…。

この光景を目にした森の住人たちは、ふたたび思わずどよめきました。そして、それはもううれしそうに、たがいにダンスし合ってよろこびました。

みんなが天の光にかざした森のおくりものは、こうしてお空のほんのつかの間の、透きとおった出来事になったのでした。――――

まるい広場のおまつりのあと、森ぢゅうにひとしきり、ほそい雨がふりそそぎました。


     * * *

その、翌朝のこと。
あおいみずうみのほとりをつたう森の小径(こみち)を、ひとりのおじいさんとぼうやが、通りかかりました。
この森のまえを通るたび、おじいさんはいつも、ぼうやに言うのでした。五十年前、この森は大火事にあったのだよ。よくもまぁ、こうもうっそうと草木の生い茂る森に、生まれ変わったものじゃ、と。
おじいさんは今朝も、ここを通ると、ふと立ち止まり、ひとりごちました。
「どうやって、火はおさまったの?」
ぼうやがききました。
「とつぜん、空にふしぎな膜がかかって、雨が降ってきたのじゃよ…それから大雨になってのう。あのあおい湖があふれんばかりに、降ったものだった。――今思うと、あの雨は、きっと救いの雨だったのじゃろう」
ふたりは、あたりを見まわしました。

「おじいさん、みてみて。あれはなに?」
ぼうやはいいながら、森の入口のやぶを指さして、おじいさんのそでをひっぱりました。
「どれじゃな? ああ、あのハンノキの木立のむこうか」
おじいさんが言いました。
それはツヅラフジのつるべで、たいそうごちゃごちゃとからみ合った、やぶでした。
手前には、ねこじゃらしの穂が風にそっとなびいては、こんにちは、とおじぎをしています。
そのむこうから、ももいろをしたシモツケソウのシャンデリアが、いらっしゃいませ、ゆらゆらゆれては、あいさつしていました。
あおいみずうみをはさんだ、やぶの向こう岸には、古びた寺院の塔のとんがり屋根が、雨あがりの朝日をあびて、しずかにたたずんでいました。

「はて、あのやぶにかかる、もやもやとしたふしぎなものは、なんじゃろうの」
おじいさんは、長いひげのはえたあごをさすりながら、言いました。
「ほんと。まるで、むかしむかしのお船の帆みたいに、風にたわんでるよ!」
ぼうやも言いました。
「おおそうじゃ。ひからびた帆かけ船のようじゃ。いやはや。あれはきっと、クモの巣だ。朝露にぬれて、それはそれはきれいじゃのう」
「虹のビーズだ。ほら、ひかっているよ! あっちでもこっちでも」
ふたりはおもわず、そのクモの巣の舞台装置(ぶたいそうち)にそっと近づいていきました。
ツヅラフジのやぶは、なるほど遠いむかしの物語にとじこめられた、ひしゃげたマストのようでした。
「クモの網の帆のうえを、ちいさい虹の玉が、糸をつたって遊んでるね」
「光の精がいそがしそうに行き交(か)っておるのう」
「なんだか、おまつりのあとみたいだね」
ぼうやがわらって言いました。
「きっと森の生きものたちがあつまってクモの糸で遊んだあと、片づけていくのを忘れたんじゃろう」

それからおじいさんとぼうやは家に帰りましたが、ぼうやはあのこわれた船の帆みたいなもやもやのことが、忘れられませんでした。
薪(まき)わりを手伝っている間も、お昼ごはんを食べている間も、あのうつくしい無数のビーズをたたえて、きらきらきらきら光っていた、クモ糸のレース編みのことが、頭からはなれなかったのです。
ぼうやは思い切って、おじいさんにおねだりしました。
「ねぇ、おじいさん。けさみたようなふしぎな、ほそいほそい糸で編んだ船の帆を、つくってよ。おねがいだから。ね、いつものようにじょうずに!」
いつものように、じょうずに、ですって?――
ええ、じつは、おじいさんは、飴細工(あめざいく)の職人だったのです。
よくねりこんだ飴を、空中ですぅーい、とのばし、じつにいろいろな形を、みるみるうちにつくっては、おじいさんはいつも、ぼうやにみせてくれるのでした。うさぎや、カラスや、キリンや、それはそれはいろいろな動物たち。それにお花やお人形も。
「ううむ。だが、あんなこまかくてかぼそい糸で編んだ船の帆をつくるのは、このわしとても、それはたいそう、むずかしいことじゃ」
おじいさんはそう言いながらも、もうかおをほころばしています。
ぼうやに何度もせがまれては、どうにも仕方ありません。
松葉杖(まつばづえ)につかまりながらも、よっこらしょと椅子から立ち上がりました。
そうして、テーブルの上の棚(たな)から、飴のどっさり入った壺(つぼ)をおろすと、中にきねをいれ、ゆっくりとまわしはじめました。
おじいさんは、たいそう時間をかけて飴をねると、二本の棒(ぼう)をつっこんで、ふいともちあげました。
そうして、そのまま棒のさきを、空中にときはなちました。

ひゅるるるる……
飴はほそいほそい糸をひきながら、まるでまほう使いのような、おじいさんの棒さばきで、こわれかかった船の帆を、いっきに宙になぞりました。
と、けさ見たのとそっくりな、ふしぎな黄金のレース編みを、またたく間に仕立ててしまいました。
「わぁすごいや。目がまわる!」
ぼうやがさけびました。
「きれいだよ! けさ見たのは銀の糸みたいだけど、これは金の糸だね、おじいさん」
「虹の光のビーズ玉こそないが、こうしてみると、これもなかなかきれいじゃのう。われながらなかなかの出来ばえじゃ」
おじいさんもにこにこしていいました。
「おじいさん。これ、森のあそこへ見せに行こうよ!」
ぼうやは言うと、またおじいさんの袖(そで)をひっぱってせがみました。

夕方になるとふたりは、あのうつくしいクモの巣のたわむ、森へと出かけました。そして森の小径をとおり、けさと同じハンの木劇場(げきじょう)の入口の前に立ちました。

おや?と、ぼうやは首をかしげました。
「ビーズ玉がどこかへ行っちゃった」
「ほぉ…そういえば、そうじゃのう」
おじいさんも、そっとつぶやきました。
「あそこだったよね。レース編み――もやもやは、たしかにかかっているけれど、朝みたいにキラキラかがやいてないよ、おじいさん」
「そうじゃな…。おそらくあれは朝露が、あちこちにやどっていたんだろう。いまはすっかり風に吹かれて、かわいて消えてしまったのじゃな」
おじいさんが腕組みして言いました。
「これじゃあ、ただのこわれたみじめな船の帆だ」
ぼうやはがっかりしました。
「いやいや、そんなことはないぞ。多少しぼんでしおれてはみえるが、今みてもなかなかの力作じゃ」
おじいさんは、あごひげをこすりながら、ぼうやに言って聞かせました。
「いったい、こんなていねいな編み仕事をしたクモの仕立て屋は、どこに住んでおるかのう」
おじいさんがそう言って、目を細めながら感心しておりますと、やぶの少し先から、ツリンツリンツリン、ささやかなベルの音がきこえました。
風になびいたシャジンの花が、小首をふって、鐘を鳴らしたのです。鐘の音は、こちらへおいで、こちらへおいで、とささやいていました。

「おじいさん。ほら、あそこだ!」
ぼうやはさけぶと、おじいさんの袖(そで)を引っ張って、小さな靴であわてて森の奥へと駆けて行きました。
おじいさんも、松葉杖(まつばづえ)をつきながら、よちよちした足どりで、坊やにつられてかけて行きました。
みると、森の中にとつぜんぽっかりと空いた草地の広場の奥に、「クモの仕立て屋」と、エビヅルのつるべの文字をはわせたクモの巣ののれんが、ツヅラフジのやぶの手前にかかっていました。

「おじいさん、ここだね」
ぼうやがはしゃいで言いました。
「おおここじゃ、ここじゃ。ちょっとおじゃましてみようかの」
おじいさんも言いました。
ふたりがそっとのれんをくぐりますと、

「いらっしゃい。クモの仕立て屋でござい。なんでも注文たまわります」
元気な声がかえってきました。

「けさがた、森の入口でたいそううつくしい船の帆を見かけたんじゃが、あれを編んだのは、おまえさんかね?」
おじいさんがたずねました。
クモは、つむざおの向こうから、ひょっこり顔を出すと、あわててこたえました。
「ああ。ええまあ…。――といってもあれは、こんな夕方にでもなりますと、まるで嵐に合ったあとの船みたいな〈ざんがい〉に、なってしまいましたでしょうけれど。――それでもあれは、なんとか私がひと晩かけて、いっしょうけんめいにおつくりしたものでございます」
クモの仕立て屋は、はずかしそうにうちあけました。
「じつは昨日、たくさんの注文がありまして…なにしろ天の冠(かんむり)に天の翼(つばさ)、そして光の網(あみ)のご注文を、一気に引き受けて、みながそれを持ちよってあそこのやぶに集まりましたの。それが、時のたつにつれて、きっとみんなひとつに合わさってしまったのですよ」
クモはそう言いおえると、ちょっともじもじしました。
それを聞いておじいさんは、思わず目をほそめました。
「そうでしたか…。いやじつは、わしもあのうつくしい、かしいだ帆掛け船をまねて、ひとつ飴細工(あめざいく)をつくったのじゃがな。もしよろしければ、あなたにプレゼントしましょう。あなたのよりはずっと小さいが…」
おじいさんはそう言いながら、まがった腰のうしろにかくしていた、うつくしい飴細工を、そっとクモの前にかざしました。
それを見ると、クモの仕立て屋は、たいそうおどろいて言いました。
「まぁなんてうつくしいこと! 私の仕立てものは銀の糸だけれど、これは黄金の糸のようですわね」
そうして、クリーム色した穂のたちならぶ、ツヅラフジのカウンターからはい出すと、おじいさんの方へおずおずと近寄って、よくよく見入りました。
「かぼそい一本一本をみるとちがいがわかりませんが、すこしはなれてみますと、かすかに黄金色(こがねいろ)に、かがやいておりますわ…。なんとうつくしい金の糸でしょう」
「いやいや。わしのはほんの一瞬、飴(あめ)を宙(ちゅう)に放りなげて、くるくるくるっとまわしてつくるもので、おまえさんのようにこつこつと時間をかけてしあげる、こうした手の込んだもののようには、いかないのじゃが」
おじいさんが、しらが頭をかいて言いました。
「そのかわりに、ほんの一瞬でしかつくれない、うつくしさがありますわ!」
クモはたいそう感激(かんげき)したようすでした。
「これを私にくださいますの」
「よかったら、おもてののれんの脇にでも添(そ)えてくだされ」
「まあうれしい。ではさっそく、店の看板(かんばん)にさせていただきますわ。すみませんが、のれんの横のすこし高いところに、そのうつくしい金色の飴細工をかけてくださいませんか?」クモはいいました。
それで、おじいさんとぼうやはさっそく店先に出ると、帆かけ船の紋章(もんしょう)のような飴細工を、クモの網(あみ)のれんの小脇(こわき)に飛び出していたエビヅルのつるべを切ってやり、そのヒモを、飴細工の穴にそっと通してやりますと、エビヅルの鉤(かぎ)のひとつに、みごとにひっかかりました。
レース編みののれんが風にたわむと、帆かけ船の飴細工も、いっしょになって揺れながら、それはそれはきらきらかがやいて、なんとうつくしかったことでしょう。
庭のシャジンも、うれしそうにツリンツリン、かぼそい首を振りながら、ふたたび鐘を鳴らしました。
と、どうでしょう。
チュピチュピチュピ、ジョリジョリジョリ、ヒー・ホー・キー。
どこからともなく、小鳥たちの声がきこえたとおもうと、それはもう森のあちこちから、おしゃべりさんたちが降りてきました。
ヒガラやコガラ、シジュウカラはもちろん、ルリビタキやクロツグミまでもが、森の奥からやってきました。
小鳥たちはもちろん、リス、うさぎ、かやねずみたちも、やぶのむこうからかけて来ました。そしてくちぐちに、はじめて見る金の紋章を、ほめたたえました。
てんとう虫たちは、コガネ虫までひきつれて、どこからともなく集まってきては、うれしそうにブンブン、あたりを飛び交いました。
いろんな羽根をしたチョウチョウもやってきて、マリオネットのみえない糸でつられるように、ひらひら飛び交い、おどりはじめました。
夕方の光を浴びながら、わたすげの精たちも、ブナのこずえの向こうから、ふうわりと舞い降りてきました。そして、あわ雪のダンスよろしく、たのしげに腰を振りながら、あたりをただよいはじめました。

こうして、みんなしてクモの仕立て屋の、店のまわりをとりまきながら、うれしそうにおどり、うたいました。

それは日暮れの、もうひとつのささやかな、森のおまつりとなったのでした。

| Rei八ヶ岳高原 | 13:43 | comments(0) | trackbacks(0) | | - | - |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | 13:43 | - | - | | - | - |
Comment








Trackback