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地上の好きな天使 第一章第4話

第一章

第4話 天使へのおくりものと天の川の出来事

それから、三日後のこと。 朝から雨が降りつづいていました。
カノンとフーガが、おやつをたべおえた今も、雨はあいかわらず長い尾を引きながら、まっさかさまに空から落ちてきます。
ピチャピチャ、ポタポタ……。雨の矢は、次から次とお庭につきささっては、いよいよらんぼうな水音を、そこいらぢゅうにはね返しています。お庭にたまった水たまりも、まるで小鳥のためのプールみたいに、もうだいぶ深くえぐられていました。
カノンとフーガは、昼間からおおきなため息ばかりついて、いつもの出窓でずっとお庭をながめています。ふたりとも、マスカット色のおめめをくりくりさせて。でも、あたりには、こい霧がたちこめて、すぐそこの水たまりのそのさきは、もういくら目をこらしてもちっとも見えません。
それでふたりはしかたなく、雨水たちが、つぎからつぎへと天からおりては、じんわりと水たまりにひろげていく、弓矢のまとをみつめていました。雨水の矢が、いくつもいくつもささるたび、まとの輪っかができあがり、一重、二重、三重とたがいちがいにひろがってはぶつかり、おたがいを包みあって消えていきます。

カノンとフーガは、しばらくこれに見入っていましたが、ため息がおもわずもれてしまうのでした。……やれやれ。このまま、日がくれてしまいそう。

きょうはとうとう、チッポルの丘のすがたを見ませんでした。もちろん、お昼になると丘のまうえにやってきて、うれしそうに光る、天使のざぶとんの雲も。
なんてたいくつな日! こんな日は、お空の天使は、いったいどうしているんでしょう? お空のどこへ、いってるのでしょう?カノンもフーガも、こう、ぼんやりとおなじことを考えていました。
「ねえね、こんな日は、天使もあわてておひっこしするかな?」 フーガがカノンにたずねました。
カノンは、ちょっと考えてから、
「もちろん、きっと引っこしするわ。でないと、頭の輪っかも白い翼も、みんなびしょびしょにぬれちゃうもの。ふかふかの、ざぶとんだってよ。朝までに止んでいればいいけど、今日はそうじゃないものね。だからきっといまごろどこか、お山のかげか、このお空いっぱいおおっている、まっ黒い雲のむこうで、じっとしてるのよ。」
「ひょっとして、いつもとちがう、お仕事してるかもよ。」 フーガがはしゃぎました。
「そうかもね。」……でも天使って、そんなにいそがしいものかなって、半分はそう思いながらも、カノンはちいさくうなづきました。

出窓のとなりでは、カブリオルがこつこつ、えんぴつで机をたたきながら、たいくつそうにほおづえをついています。わけのわからない記号や数字のならんだノートを、ひろげてはいますけれど、とび色のつぶらな目は、てんでそっぽをむいています。
「ゼーゼー、ポポー。ゼーゼー、ポポー」 窓のすぐ下まで、キジバトのおかあさんが、えさをさがしに来ています。いつもよりもっとかすれ声で、くるしげにのどを鳴らしています。
「3Xプラス、なんとかのジジョウが、6Yプラス36。」 カブリオルがぶつぶつ言っています。
居間では、カデシさんの話声がしています。だれかとお電話しているのでしょうか。
「ええ。ふうん、なるほど……。ほう!」 ときどき雨音に、じゃまされながら。
「これがZの2倍とおなじってことは……。ええっと……。」
それから、カブリオルが床にえんぴつを落とす音。
その間にも、キジバトのおかあさんの、ゼゼッポ、ゼッポー。 いろんな声が、きれぎれに聞こえていました。 ……

それからあとのことは、カノンもフーガも、よくおぼえていません。ともかくふたりの子ねこはよりそって、出窓の籐カゴにぎゅうぎゅうづめにはいり込み、ぽかぽかの暖炉みたいなチェロの音楽に、からだごとそっくり揺すられながら、おたがいの毛をなめ合っているうち、いつしか眠りに落ちたのでした。……

こうしてまた、いつものように眠りの精が、ふたりの耳もとに、そっとやってくる番がきました。
きょうは、こんなふしをささやいていきました。ちょうどふたりの、夢のとぎれるときを、みはからって。

カノンとフーガは なかよしこよし
ゆめみるカノンに いたずらフーガ
小窓をたたく ホタルのでんぽう 気になるな
天使のおてがみ 天の川 気になるな
お星さま大好き きれいきれい
おはなし大好き ねえ話してよ

ググ〜ウ。ふいに、おなかがなる音がして、カノンとフーガは目をさましました。なんだかとってもペコペコです。 なったの、どっちのおなかだ? ふたりは顔をみ合わせて、おめめだけでお話しました。あたしじゃない。あたしじゃない。
そのときまた、 ググ〜ウ。こんどは、もう少し遠くでなりました。ふたりは窓のそとをふり返りました。
おやまあ。おなかのなる音にきこえたのは、一匹のアオガエルの呼ぶ声だったのです。コンコン、こんどはからだごとぶつけて、窓をたたいています。
雨は、いつしかすっかり小降りになっていました。しとしと、やわらかいささやき声で地面をひたしています。
「おいらはいいんだ。でもこのひとが、かわりに窓をたたいてくれっていうもんだからさ。なにか用事があるみたいですよ。」
アオガエルの子どもは、身ぶり手ぶりで、いっしょけんめい、窓のむこうでわめいています。となりの虫を、指さしながら。
「このひと?」 カノンが首をのばしてガラスのむこうをのぞいてみますと、出窓のさんに、この前のクモの坊やがたたずんでいます。
「それじゃ、おいらはこれで!」 アオガエルは、役目がすむなり、そそくさとお庭をとびはね去っていきました。うれしそうに雨にぬれながら、ピョコン、ピョコン。水たまりに次つぎできる、おおきい輪っかや、ちいさい輪っかを飛びこえて。
その後すがたを、クモは手をふりながら見送ります。
「まって、クモさん。いま開けてあげる。」
カノンとフーガが、あわてて籐カゴから跳ね起きると、カブリオルも、すかさず椅子から立ちあがり、かわりに窓をあけてくれました。
「いらっしゃいませ。」
「おじゃまします! よっこらしょ。」
クモのぼうやは、カブリオルにていねいにあいさつすると、よちよち、さんをよじのぼり、出窓のまんなかにおいてある、カノンとフーガのいる籐カゴの脇にちょこんとすわりました。ちょうどま後ろにたてかけてある、赤ん坊を抱いた、うつくしい女のひとの肖像画のふちに、よりかかりながら。肖像画の女のひとのまわりには、白い翼をつけた天使たちが舞っています。……
「ねえ、あれどうなった?翼のプレゼントの、すすみ具合。」フーガがはしゃいでたずねました。
「あれですか。――まぁまぁといったところですね…。ぼくのぶんはさっきもう、この家の下にあるクモの巣工場の、〈かかり〉に渡してきたのだけれど。きっともうじき、できあがりますよ。」
クモは、ゆっくりと首をふって言いました。クモのからだは、そんなにぬれてはいませんでした。
カブリオルが、籐カゴのさしむかいに、ピーナッツのちいさいかけらをひとつ、おきました。
「おきゃくさま、はいどうぞ!」
「やあ、これはどうも。」クモはひくひく、えしゃくしながら、ピーナッツのゆり椅子にこしかけました。
「クモさん、こんなおやつはいかが?」 カブリオルが、こんどはビスケットのあまりをくだいて、クモに差しだしました。
「やあ、ありがとう。でもぼくはおなかがいっぱいなんです。雨の日は、小ムシがおもしろいようにわき出てくるもんですから、たべものにはことかかないんですよ。」
そうクモが言いおわるかおわらないうちに、フーガが横からカリカリ、やりはじめました。クモはかまわず、話をつづけました。後足を二本組んで、ピーナッツのゆり椅子をこぎながら。
「ひょっとすると今夜あたり、ぼくらは天使に、プレゼントできるかもしれないな…。」
「今夜ですって?」カノンがさけびました。
「ハーックシュ!」フーガがいきなり、おひげをふるわせ、くしゃみしました。おひげのさきには、ビスケットのかけらがついています。
「まぁすてきだこと。このぶんだと、そのうちきっとすぐに雨もやむわ。そんな日にふさわしく、今夜はお星さまがいっぱい出るといいわね。」
カブリオルも、はじめて聞く話でしたが、さいしょから知っていたような顔をして、ビスケットをむしゃむしゃかじりながら話にくわわりました。
「まぁ、そうねがいたいですね。」 クモは、ゆり椅子に片ひじついて言いながら、なんだかいつもよりちょっととくいそうに、肩をすくませました。

じっさい、雨音はもうやんでいました。…
みんなは、なにげなく窓の外をながめはじめました。

そのときです。なにやら青白い、ほのかな光の玉がひとつ、ふらふらと迷い子のながれ星のように、雨あがりの夕空に、そっと落ちてきたのは。
「まあ。ホタルだわ?」 カブリオルが手をたたいて言いました。今年はじめて見るホタル。カノンとフーガは、生まれてはじめてです。
「ニャャャャン?」ふたりはとってもふしぎそうに、おひげをふるわせ鳴いています。
「デンポー!」 ホタルは言って、ひらっと舞ってゆらめくと、いつもよりもつよく、出窓のガラスに光をともしました。
「ごくろうさま。あなたも、どう? あがっていかない?」 カブリオルはそう言って窓をあけてやると、コップの花瓶を、そくざに出窓に置きました。コップには、オダマキの花が一輪、さしてあります。かわいらしいその花びらは、ちょうど夜のちいさい妖精のための、ランプの傘にうってつけのかたちに、はずかしそうにうつむいています。夕暮れ色の、赤味をおびたむらさきと、黄色い線の入った、スタンドランプです。
「やあどうも。それじゃ、えんりょなく……。」ホタルはうれしそうに、おしりのあかりをふくらませながら、カブリオルのそっと開けた、出窓のさんをのぼって、入ってきました。
「やぁ、やっと夜空の雲がはれてきましたね。」
ホタルはいいながら、よちよちしたあしどりで、オダマキの花びらのなかへ、ようよう入りこみました。
こうしてホタルがひと息つきますと、オダマキの花びらには、生き返ったようにやさしいランプの火が点るのでした。
カブリオルはいつも、夏になると、夕方の郵便屋さんを、こうして迎えるのが好きでした。それもちょうど、お空に一番星があらわれるころ。

「そうそう。一番星が、ついさっき夜空にまたたきはじめましたよ」
ホタルはひと息つきながら、花ランプのなかからそっと言いました。
「まぁ、そんな頃になるのね…。さてと、ところで、今夜はどんなおたより?」
カブリオルは、ランプの花びらにほんのり映る、ホタルの影にたずねました。

カノンとフーガはめずらしそうに、おしりのあかりをつけたり消したりする、この黒い虫を、傘からのぞきこんではみつめています。いまにも、ちょいちょい手をだしてひっかきたくなるのを、ふたりとも必死になって、こらえています。カブリオルのだいじなお友達ですもの。
「今夜はですね。ですから、とっておきのですよ。」
ホタルは、傘のなかから、じつにうきうきした声をあげました。ランプのあかりも、たちまちいきおいをましました。
「ねえきみ、ひょっとしてそれは、あのことかい? つまりその、もしかしてお空にかんけいあることとか。翼にかんけいあることとか……。」
クモの坊やが、もじもじしながら、よこからこうたずねました。
「お空! 翼!」 カノンとフーガも、口をそろえてさけびます。
「そうですね。たしかにかんけいありますよ。では、さっそくお読みしましょう。」
ホタルの郵便屋さんは、そう言うと、ちいさな穴のぷちぷちあいた、葉っぱのお便りを、花びらの傘のなかにひろげました。
「読み上げます。 ザブトンノ雲ノ天使、キットコンヤ天使ノツバサヲ受ケトリニ来タル。チッポルノ丘ノ上空ナリ。翼ヲモテ、ミナアツマレ。羽根ヲモツモノタチ、天使ノツバサヲカカゲ、丘ノマ上ニトドイタ天ノ十字ヲメザシ飛ビタテ。集合場所・カデシサンノ庭。以上、星ノ精ヨリ。」

「すごいなあ。」 みんなはこぞって拍手しました。
クモの坊やは、わめきました。
「なんてぐうぜんだ! ぼくはじつに、これとおなじことを、この家の子ねこたちに、言いにきたのだけど、しかしそれにしても、集合場所がここの庭だなんて。」
たいそうこうふんしたようすで言いながら、クモはピーナッツの揺り椅子から身をのけぞらすと、こんどはわざと息をひそめて、こう話をつづけました。
「それはそうと、差出人をきいたかい? なんたって、星の精からだぜ。ほんとうかな!だれかが星の精を〈名乗った〉んじゃないのか。でなけりゃそりゃあもう、天使からじきじきにたのまれたのにちがいないけれど…。」
「ほんとだといいわ…。」 カノンがうなづきながら、ひとりごとのように言いました。

よいの一番星は、ひときわあかるさをまして来たようにみえます。

「ともかく、すてきなことにはちがいないわ。ここが集合場所になるなんて…」
カブリオルがビスケットをほおばりながら言いました。 それをきいたホタルがそっと、花びらのすきまからはい出して、ランプの傘のてっぺんによじのぼりながら、ていねいにこたえました。
「この家の庭が、このあたりの生きものたちにとってかっこうの集合場所になるのは、なにも今にはじまったことではありません。チッポルの丘と同様にね。そんなわけでわたしも、今夜ここへお届けするのにも、ちっとも疑問に思いませんでしたよ。それから、もうひとつには、このお部屋のちょうどま下が、つまり、えんのしたですが、そこが今回の天使への贈りものをしあげるのにおおきなコウケンをされた、クモさんたちの織物工場になっているからではないでしょうか。」
「そいつはぼくも、思ったよ!」 クモの坊やも、すかさずピーナッツの揺り椅子からはねおきるなり、そう言いました。
「そうよ、そうよ。いろいろいろいろ、ろろろ……。とにかくきっと、みんなかげながら、うちにはお世話になってるからだよ。なにかとさ!」
フーガが、おひげのつけねをクシャクシャにしながら、さけびました。さけぶうち、自分でもこうふんしてきたフーガは、お鼻までフンフン鳴らしていばりました。そしてとうとう、おおきなくしゃみをまたひとつ、しました。
「そうそう、ありがたいこってさ!」 クモも小首をふりながら、肩をそびやかして話を合わせました。
「おまけに、やわらかくて、ゆうしゅうなその胸のお毛々まで、拝借させていただきまして。」
「ハイシャックってなあに?」 フーガがお顔をなめる手をとめて、目をぱちくりさせながら聞きました。
「どんなしゃっくり?」
「使わせてもらったってことよ。」 カブリオルが、フーガの耳をつまみながら、先生口調で教えました。
「でも、それでこんなすばらしい知らせをもらって、見物できるなんて、すてきなことだわ!」
カノンは、そう言っておもわずシッポをぴくぴくっと、ふるわせました。まるで電気がはしったみたいに。

「だけど、見物とはいっても、ぼくら、いっしょに天までのぼっていかれぬものたちは、いったいどこまではっきりと、そのケッテイテキ瞬間を、この目でみられるかどうかは、疑問ですね…。」
クモがもっともらしくつぶやきました。二本の前足で、うで組みしながら。
「ケッテキシュンカンって?」 フーガが首をかしげました。「天使がくしゃみするところ?」
「天使に、あの翼がわたされる、瞬間ってことよ。」
カブリオルが、フーガのおひげをツンツンひっぱって言いました。

「ほんとに、おくりものは天使にとどくのかしら?」カノンがふいに、言いました。
「そのとき天使は、姿をあらわすのかしら? 今夜こそだれかが、見とどけるかもしれないわ。もちろん、だれにも見えないってこともあるかもしれないけれど…。」
ひとことずつ、かみしめるように、カノンはこうつぶやきました。
「まぁ、なにしろこれまで、一度だって天使の姿を見たものはないのだからね。おくりとどけにいく連中じしんがだよ。」
クモも、こっくりうなづきながら、あいづちをうちました。
「ましてや、ぼくらなんかは、なおさらさ。ついこの間の糸玉にしろ、自分たちで作っておきながら、いざ天使にわたるところを見られないんだ。まして天使の姿なんか。わかるのはただ、それらしい、なにかの信号みたいなものさ。ありがとうって、きらめく光とか、風にそよぐ、うれしそうなうた声とかいったね……。まあ、それで充分なのかもしれないけれど。それはうつくしい合図には、ちがいないのだからね。ともかく……。」
と、クモは足を組みなおして言いました。
「今夜ぼくは、それがみたいよ。どうせなら!」
「そうね! 天使はお礼に、お空になにをくれるかしらん?」 カブリオルも、片手でカノンのながいシッポをつまみながら、ビスケットをむしゃむしゃかんで、言いました。
「それにしても、きょうのお空の天使は、めずらしく夜空に、あらわれるのね?」
ふとカノンが、耳のうしろをくりくりなでていた、かぎの手をとめて、問いかけました。
「こんなことは、はじめてさ! ぼくの知るかぎり。」クモの坊やは、前足をたたいてさけびました。
「とくべつの、とくべつの日!」フーガがわめきました。
「なにしろ、昼間はずっと、どしゃぶりだったもの! あれじゃいつもの時間には、会いたくたって会えなかったわ。それにしても、……どうして今日ぢゅうなのかしら。」
またふと、カノンは考えこみました。が、 「きっと、天使もよっぽど待ちどおしかったのね。」そう言って、ひらりとシッポをもちゃげました。
「ひょっとすると、今夜はとびきりすごい星空になるのかもしれないわ。だってほら!」 カブリオルが、げんこつで机をたたきました。
「あれほど雨が降ったあと、いまはこんなに風が舞って、ガタゴト、窓をたたきはじめているもの。きっと重たくてぶあつい灰色の雲を、いまどんどん吹き飛ばしてくれているんだわ。」

「さてさて。それじゃあ、わたしはこれで…。そろそろ帰らなくっちゃ。みなさんも、これにそなえて、夕べの食事はお早めにとっといてくださいね。わたしも風がやむまで、とりあえず家へもどりますが、天の十字星が丘のま上にとどくまでには、みんなをあつめて、もいちどここへやってきますから。」
ホタルはそう言い残すと、少しの間すごしていた黄色いお花のてっぺんからポトリ、と机におちました。いえ、おりました。 おだまきランプは消えました。そのかわり、ホタルは自分のおしりのあかりをつけたり消したり、こまめに合図をおくりながら、吹きすさぶ風のなかへ、ふらふら飛びたっていきました。みなも窓ごしに見おくりました。

草つゆも、もうだいぶかわきかけています。

「ばいば〜い!」 ひとしきりさけんでから、フーガはふと振り向くと、カブリオルにこうたずねました。
「ねえね、ホタルさんちってどこ?」
「あの樅の木のうしろよ。お水をはった、畑のなかだわ。みんなで光のおしゃべりするときは、いっせいに樅の木にとまるのよ。まるでクリスマスツリーみたいに、にぎやかなんだから!」カブリオルがにこにこ笑ってこたえました。
「まぁすごい。季節はずれのクリスマスツリー!」カノンも、はしゃいでそう言いました。
「ほんとうですね!やつらのツリーは、じっさいこのあたりの風物詩(ふうぶつし)ですよ。」クモもあいづちを打ちました。それからパンパン、と前あしをはたくと、言いました。
「――さて…と。それじゃぁぼくも、これでおいとまします。そろそろ夕飯の時間だもので。ちょうどおなかがへってきたし、それにこんやばかりは、早めにたべとかないと! そうそう。ぼく、ちょっくらみんなより先にここへ来て、織りあがったばかりの翼の完成品を、ぜひきみらに見せてあげますよ!」
じつに早口で、クモはまくしたてました。
カブリオルが、窓にほそいすき間をつくりました。
「わい。みせて! きっとみせて!」 カノンとフーガが歓声(かんせい)をあげます。

ヒュルルルル……。窓のすきまから、くるったように一じんの風が舞い立つと、お庭のさきに、ちいさなたつ巻をおこしました。ノバラの白いはなびらが、口笛ふきのじょうずな風の妖精をのせて、くるくる渦を巻きながら、空へのぼっていきました。

「それじゃほら! あたしたちも早いとこ、お食事すませないと。天の十字が丘のま上へ来るまえに。」
カブリオルがふたりの子ねこをせきたてました。
「またね、クモさん。」 カノンとフーガは手をふりながら、出窓をころがり下りていく、クモの坊やの後ろ姿を見送りますと、わあいわあい、飛びはねながら、キッチンへかけて行きました。
  ***

「ねえ、カブリオル! 天の十字ってどんな星?」
「カノンとフーガの大好きな、白鳥座じゃないの! もちろん。」スプーンでおなべをたたきながら、カブリオルがこたえました。
「ハクトージャ! デデブ!」 みんなの声が、廊下ぢゅうにひびきわたります。

ガタゴトゴト……。ほのぐらい夕やみ色にすっかりそまった家ぢゅうの窓ガラスが、風にゆすぶられ身ぶるいしながら、三人の影絵をとり囲んで、ちらちらと映し出していました。テーブルの黄色いあかりの灯る下に、みんなの影が、湯気をかこんであつまるころには、夜のとばりはもうすっかり落ちていました…。
そして満天の星空がひろがっていました。

  ***

「ほらみて。ここんとこ、とびきり光ってる!」
「そこはね、シジュウカラたちのくれた羽根がつまってるんだ。水色がかった銀の糸みたいで、すてきだろ?」
ほうぼうから集まってきた小鳥たちが、くちぐちにさけんでいました。お庭にもう集まってきては、口ぐちにそう言い合っているのでした。
「ところで、ここの金色のまじった白は?」
「どいつらのだろう?」
と、そこへいつの間に、綿毛をもった草花たちも、みんなこぞってじぶんの羽根のつめ込んである場所をさしては、えっへん、おっほん、いばりはじめました。
「そいつはただ、キセキレイが、足のつけねの白い羽毛をくれたなかに、すぐとなりの黄色い毛まで入れちまったんだろ。でも、なかなかのアクセントさ。」

「白っていっても、いろんな光のがあるのね。」
カノンもフーガも、カブリオルも、みんなできたてほやほやの、天使におくる翼の織物を、わきでながめながら、葉陰でささやきました。

おおぜいのホタルたちが、目印に点してくれた、樅の木のライトをめざして、野や森ぢゅうの羽根をもつ仲間たちが、もうずいぶんそろってきました。

カデシさんの家のお庭のまん中には、暗闇にともるかすかな炎のように、青白い光を放っている天使の翼が、チッポルの村のおおぜいの仲間たちに、ぐるり、まわりを取り囲まれています。

「もうそろそろね?」
ワタスゲの精が、わた雪みたいなベレー帽をちょこんとのせた頭をもたげて、そっとささやきかけました。
「そうだわ。合図をかけましょう。わたしたちが先頭を行って、みちびきましょうね。ホタルたちにも、手伝ってもらうわ。」
タンポポの精も言いました。

ちかくのしげみで、一羽のトラツグミが、フィー、フュー。よわよわしげな笛を吹きました。

みんなは、丘のほうを振りかえり、それからにわかに列を組みはじめました。

ホタルたちが、樅の木を飛び立って、ほのかに宙に浮きあがりました。そして、丘へとつづく小道づたいに、草のしげみや道の両がわのトネリコ並木に、つぎつぎと飛び移っては、小鳥たちの行く手に明かりを照らしていきました。 あるものたちは、地面に近づいて、カノンとフーガの足もとをそっと照らしてくれました。まだすこし、草むらにはつゆがのこっていて、足をぬらしましたけれど、気にしないことにしていました。
クモの坊やは、カノンの長いシッポのさきにつかまって、ゆらゆら揺れて進んでいます。ちょっとあぶなかしいけれど、フーガのよりはずっとらくだし、目がまわりません。
カブリオルは、暗闇に咲くユウスゲの花を一輪、つみとると、そのラッパみたいにつき出した、目にもあざやかな黄色い花がさのオシベの杖に、ホタルを呼んで五匹もつかまらせました。こうして、ばかに明るい懐中電灯ができました。
カブリオルはいさましく片手をふって歩きながら、もう片方の手にはユウスゲの懐中電灯をさげその光を道にあてて行く手をしめしてやりました。
列のいっとう後ろのほうから、小鳥たちとおしゃべりしながらチョコチョコ先を歩いている、カノンとフーガのしっぽが、ユウスゲのライトのなかをゆらゆらゆらり、カチャンコカチャンコ、いそがしく上下してみえます。カデシさんも、星座表をもって、そのあとにつづきます。
ホタルたちは、ゆ〜らゆら、踊る光で宙を舞い、子ねこたちの目のまえを、浮いたり沈んだりしながらまわっています。そのあい間を、いくつもの流れ星が、またたく間に通りぬけていきます。そんなふうに、あちこちに光がうごめくので、カノンとフーガは目がまわりそう。お空にかがやく星たちと、迷子の星のようなホタルたちのあかりの区別も、ままなりません。
カデシさんは、歩きながら、ときおりみんなに星座の説明をしてくれます。ユウスゲのライトをお空にかざしては、ひとつひとつ、めだつ星座にスポットを当てて、うみへびだの、カラスだの、おおぐま、こぐま、いろんな動物たちを黄色い光線で、宙に描いてくれました。
でもカノンとフーガには、ほこりのようにうじゃうじゃと、いろんなお星さまがあちこちで息をしているので、なにがなんだかよくわかりません。星座表で見るよりずっと、たくさんの星がこんばんはをして、まばたきしながらカノンとフーガをみつめています。カデシさんが線でむすんだ星座と星座の間からも、ちいさな星たちがたくさん顔を出してきて、ちかちか手をふっています。おまけにホタルたちまで、めちゃくちゃに空を飛びかって、邪魔をします。ふたりはすっかり頭がこんぐらかりました。

「ねえね、あすこに長いながい、雲が泳いでるよ!」 フーガが目をこすりこすり、わめきました。
「ほんと! 風さん、あんなに吹いても、お空の雲をすっかり追いはらえなかったのね。」 カノンも、高いお空のまん中をつらぬいて通っている、もやもやしたうすい帯をシッポでさすと、ちょっぴり惜しそうにそうさけびました。
「ばかだなあ。きみたち! あれが天の川じゃないか!」 クモのぼうやがけらけらわらっていいました。
「あの帯は、雲じゃないの。星でできてるんだぜ。」
小鳥たちも、チクチクピー。けたたましくさえずり合うと、みんなでどっとわらいました。
「天使はあの、ミルクの帯にのって来るのよ。」 タンポポの精がささやきました。「お星さまのぎっしりつまった、ミルクの帯に。」

そうこうするうち、チッポルの丘のまえに、みんなはたどりついていました――。

原っぱのま上には、ヘビつかいが、たったいま一匹のおおきなヘビをつかんで、天たかくかかげたところのように、みえました。と、そのあとを追うように、ゆうゆうと羽根をひろげた白鳥が一羽、あおい夜空にあらわれました。小さなたて琴が、そばでうつくしい音をつまびく中、天にながれるミルクの帯のまん中を、丘の上空めがけて飛んでくるのが見えます。

「白鳥さんだ!」 「天の十字だ!」

みんなは口ぐちにさけびます。

白鳥は、やがて天の川のほぼまん中までやってくると、二三度おおきく羽ばたいて、ゆるやかに舞い降りました。

「白鳥さんの降りたそばでポロンポロン鳴ってる、あのちっちゃなたて琴は、あたしたちのつくった琴よ。いつかの冬の日、あたしたちがつまびいて、天使にあげた琴なのだわきっと!」
ヒガラたちが、かぼそい声でたからかに、そうさえずりました。

「そうそう…あの中には、機織りの娘さんがひとり、かくれていて、天の川のむこうの恋人ともうじき会うことになっているんだよ。白鳥さんのくちばしをはさんだ、向こうがわの星の、男の子にね。」
カデシさんが言いました。
とふいに、クウクワッツ……白鳥がひと声あげました。それと同時におおきな翼を天の川いっぱいにひろげたのです。
――と、それきり白鳥は、翼をとじようともせず、ちょうどミルクの帯のまん中に天の十字をえがいたまま、じっとたたずんでしまいました。――
みんなは白鳥と、その翼の橋の両側でまたたく、ふたつのお星さまをじっと見つめました。

と、その時です。白鳥が、ぐっと首だけそらしたと思うと、ちょうどまっすぐに落ちてきた、一粒の流れ星のコンペイトウを、いまにもくわえようとしたではありませんか…。

けれども、コンペイトウは、白鳥のオレンジ色と水色にまたたくくちばしを、あっという間にすりぬけて、お空のむこうへすっとかくれてしまいました――。

「ああー。――――」いっせいに、みんなのため息がもれました。
「残念、もうすこしだったのにね。」カノンもがっかりして、つぶやきました。
「みどり色した、おいしそうなコンペイトウだった!」フーガもペロリと舌をだしました。
「でも、ああした流れ星のどれかにのって、天使の合図がやってくるんだとしたら、やたらにたべられちゃ、まずいのさ!」
クモのぼうやが、知ったかぶりして言いました。いつもするように、くいと、肩をすくませて…。

と、その瞬間のことでした…。一つの矢が、丘のちょうどま上あたりの、どこかの星座で放たれました。――――おおきなおおきな、流れ星です。

流れ星の矢は、たいそうながい尾をひきながら、白鳥の右の翼をすりぬけ、アンドロメダの大星雲めざして、まっすぐに飛んでいきました。
そうして大星雲の中心に、矢の先がみごとにささったそのとたん、いくつもの兄弟にわかれた流れ星たちが、大星雲の玉手箱から打ちあがった花火のように、こぞってつぎつぎ、飛びだしてきました。

「あっ! 流星群だ。」 カブリオルが夜空を指さしました。

と、その時。――このさけび声をきっかけに、羽根をもつ地上の仲間たちが、たちまち空へ舞い上がったのです……。みんなして、クモの職人たちの織りあげた、真珠色の光をはなつ、うつくしい天使の翼の織物を、くちばしでそっとくわえながら、元気よく羽根をはためかせ、夜空にむかって舞い立ちました。

キョキョキョキョキョ……

林のむこうで、なにかせきたてるように、ヨタカが鳴いて、みんなに声援をおくります。

みんなは、いよいよいきおいをますと、ぐんぐん空を昇っていきます。 やがて、天使の翼は、まるでひとりでに夜空にはためくように、ふうわり、ふうわり、風にたわんで浮かんでいます。そしてゆっくりとはばたきながら、天の川めざして昇っていくのでした。

丘のふもとで、これを見あげるカノンとフーガは、もう声もため息もでませんでした。そう、息もつかず、ただじっと、首が痛くなるほどいつまでも、この光景を見まもっています。……

キョキョキョキョキョ……

みんなの影が遠のいたぶん、ヨタカのするどい連続音だけが、やけにあたりに響きわたって聞こえます。ほかには、もうなにも、聞こえてはきませんでした。
そんな時間が、しばらくの間つづきました。

「いま、とどいたのかしら…」カブリオルが、そっと口をひらきました。
「かさなったようにみえるね。」カデシさんも、声をひそめて言いました。

白鳥のひろげた翼をつないでいる、五つの星の十字架めがけて、みんなのとどける天使の翼の織物は、もやもやとゆらめきながら、かすかににじんだ白いえのぐの川のなかを、のぼっていくと、やがてさいごにひとつ、ゆるやかにはためいたその瞬間、一羽のみごとな白鳥に、とうとうぴったりと重なり合ったのです。

「ニャオ〜ン!」 カノンはふと、けものの遠ぼえのような声をあげました。ふだんとはちがう、ふりしぼるような声です。
と、つぎの瞬間、それはそれはものすごいいきおいで、たちまち丘をかけのぼっていきました。そのまま息もつかず、カノンは丘のうえにそそりたつ、一本のポプラの木を、いっきにかけ上がって行ったのです。
フーガも、これを見てからだぢゅうとりはだをたてると、カノンを追いかけ、シマシマもようの背中をまんまるにして、全速力で丘をかけあがっていきました。もちろんフーガにとっての、全速力でしたけれど。
そして、カノンを呼びながら、やっぱりいっきに、……のつもりでしたけれど、ときどきずるずる、ずり落ちながら、ようやくカノンのいる梢に、たどりつきました。

ふたりの子ねこは、ポプラのてっぺんで、なかよく背中をならべながら、まだまだ遠い、お星さまの円天井をあおいで、白鳥の十字とひとつになった、天使の翼を見まもっています。
白鳥の星座をおりなす星たちが、かわるがわるウィンクをしては、地上に信号をおくっています。とくにおおきな、白鳥のしっぽは、ひときわ元気にまたたいています。

「デデブ、デデブ!」 フーガはそればかり言いました。ほかの星の名前は、ちょっとむずかしかったのです。
カノンは、アルビレオという、白鳥のくちばしのお星さまが気に入りました。オレンジとソーダ色の双子のお星さまが。こまかくまばたきしながら、ありがとうって、言っています。
ふたりはシッポをくりくりさせて、よろこびました。
と、そのうち、白い翼がまたひとつ、きらりとおおきくはためいたと思うと、おやおや?まるで風船でもしぼむように、くしゅくしゅとちぢみはじめたではありませんか。

気のせいかな?って、ふたりは思いました。でも、それはたしかにすこしずつ、ちぢまって、やがてやぶれたクモの巣みたいに、たよりない渦をまきながら、夜空をただよいはじめました。
そうして、いつしか白鳥の、右の翼のほうへ寄りあつまると、なにやらタバコのけむりのような、ちいさい星のかたまりになってしまいました。

白鳥の十字のわきばらの、もやもやした星のあつまりは、ちょうど「?」の文字そっくりに、いまにも消え入りそうになりながら、天にながれるミルクの川のなかに、ふわふわ浮かんでゆれています。

「あれが、白鳥座の、網の星雲だよ。」 カデシさんが、カブリオルに教えました。
たったいま、出来たばかりに思えたのに、もともとあそこにあっただなんて。カブリオルは、ちっとも気づきませんでした。

もしかすると、天使の糸玉って、あんなふうなのかなぁ。ポプラのうえでは、カノンとフーガがやっぱり「?」のかたちをしたおなじ網の星かげをみつめながら、そう思っていました。

と、おや?――――糸玉みたいな、もやもやしたその網の星雲から、ツゥーとかぼそい一本の糸が、またたく間にほどけてきました。
ほどけた糸は、ちょうど天からおりるつり糸のように、丘のうえのポプラめがけて、まっすぐに降りてきたのです。

それは、クモの糸でした。糸は、カノンとフーガの目のまえの、ポプラの葉さきにくっついて、よい足がかりをつけました。と、まもなく一匹のクモが、それをつたってみるみる空から降りてきたではありませんか。

「やあ!」 クモは言いました。

「クモさんだ! おかえりなさい。」 ふたりの子ねこは、シッポをふって迎えました。

「みんなといっしょにお空へいってたの! ちっともしらなかったわ。」 カノンが言いました。
「どうした? ぶじ、わたせた?」 フーガが、耳をぴんぴんはりつめて、さっそくクモにたずねました。

「う〜ん…。――――まぁ、たぶんね。」 クモはそう、こたえました。

「たぶん?」「また、たぶん?」
カノンとフーガが、ちょっとがっかりした声で、聞きかえしました。
「そうさ。これだけは、だれにもわからないもの。どうしたってあいまいなんだ。でも、ちょっとは手ごたえのある信号も、あったんだ。ありがとう、っていってた…と、思う。みんな、そう感じたって。きみたちも、下で見ていたろ?」
「みんなの翼が、白鳥さんの羽根にとどいたと思ったら、白鳥さんのシッポとくちばしがきらきらして、そしたらきゅうに、翼の織物は、みるみるちぢこまっちゃったわ。」
カノンが、見たとおりをクモに話してきかせました。
「そおそ。それであっという間に、糸玉みたいにかたまっちゃったよ。そしたらじき、あんたがするする降りてきたの!」
フーガもそういって、はしゃぎまわりました。
「あっはは。でも、地上からは、ぴったりかさなってみえただろ? 天使の翼と、白鳥とがさ。」
クモは、わらって聞きました。
「見えた、見えた。」 ふたりがうなずいてこたえました。

「ぼくらが白鳥の、星の十字に、翼の織物をなげかけたとき、白鳥が首をこっくりしてウィンクした気がしたんだ。となりの琴座で、琴の音もポロンポロン、はじけたよ。きっとお礼のうたさ。それからまもなく、ぼくらのおくりものは消えたんだ……。そこらぢゅうでまたたく、星のなかへね。ちょうど白鳥の羽根のわきに、ほら、見えるだろ?ふわふわと、けむりみたいな渦をまいてる、綿毛のすじがさ? あのすじ雲のあつまりの中へ、翼の織物は、ふいにほどけて消えてった。それはもう、あっという間に! 吸い込まれるようにして。」
クモのぼうやは言いながら、白鳥座のわきの、けぶたい雲を指さしました。
「それはそれ、星雲よ。白鳥座の、網状星雲!」
丘のふもとで、カブリオルがいばってさけんでいます。
「さあ、あんたたち。もういいかげんに、降りていらっしゃい!」
「ニャオ〜ン!」
カノンとフーガは、ふたりそろってお返事すると、いっきにポプラをかけ下りました。
クモのぼうやも、あわててカノンのシッポにしがみつき、いっしょに梢を下りてきました。

こうしてみんなが、丘のふもとにそろってならんだその瞬間、キラ、キラ、キラ……。あちこちで、ロウソクの火がまたたいたと思うと、あたりがきゅうにあかるくなりました。
ゆっくりと空を舞い降りてくる、ロウソクのあかりたちは、お星さまの分身のように、ゆらゆらとゆらめきながら、みんなにあいさつしています。
そう、ホタルたちです。ホタルたちが、帰って来たのです。……

と、その後を追って、ふわふわふわり。こんどは綿毛の精たちが、つぎからつぎと夜空の闇を舞い降りてきました。白いパラソルをくるくる、右に左に回しながら。
ピチュピチュピー、チュクチュク……。

さいごに、さかんにおしゃべりをかわしながら、羽虫や小鳥たちの群れが、丘をめがけて降りてきました。

「みんな、お帰り!」
「お帰りなさい! ごくろうさま。」
カノンもフーガも、カブリオルも、カデシさんも、クモのぼうやも、せいいっぱい拍手しながらみんなを迎えました。

「ああもう、すっかりくたびれた!」シメが、泣きだしそうな声でいいました。
「わたしたちも。あんなに息が苦しいなんて。」ヤマガラの夫婦も、肩で息をしながらいいました。
「おまけにおくりものが、とどいたのか、とどかないのかもよくわからなかった」アオジがためいきをつきました。
「ほんとに。こんな思いまでして、お空にとどけものするなんて…」ゼイゼイせきこむように、ウソも言いました。
「たしかにくるしい。きみらはこんどは休むがいいよ。無理をしちゃいけないからね」イカルがそっとウソの背中をたたきました。

「ううむ…。んん、でも…やっぱり、行ってよかったかもしれないよ。――――なにしろ、とってもきれいだった。たしかにやりがいは、あったかもしれない」イカルが、ゆっくりした口調で、いいました。
「そうだわね。そうかもしれないわね…。とってもくたびれるけれど、ちょっと感動もしたし。なんだか一瞬、お空が急にあかるくなったもの。あれは忘れられないわ」 シメも、ヤマガラたちも、あいづちをうちました。

いつのまに、林のむこうから、ヨタカのけたたましい鳴き声が、キョキョキョキョ……休みなくこだまして、みんなをねぎらいはじめました。まるで拍手みたいに聞こえます……。


帰り道、カノンとフーガは、先頭にたって歩きながら、なごりおしげに何度も夜空を見上げました。
また、流れ星がいま、白鳥座から矢のように放たれました。そして南の空の山脈の、とんがり帽子のむこうがわに、ゆっくりと沈みかけている、さそりのシッポのまっ赤なお星さまを、ちょっぴりかすって逃げていきました。カノンちゃんよりもっと長い、あおじろい尾を、お空にすっとひきながら。

「天使ったら、今夜もはっきり、だれにもわかるほんとの姿をみせてはくれなかったね」
エナガのむれのひとりが、早口でそう言いました。
「ほんとほんと! なんだかお礼のメロディと、あいさつみたいな合図だけは、してくれてたみたいな気がするけどさ。どして姿をみせてくれないんだろ? あたしたちが贈ったあの翼をつけたところをちょっとでいいから見せてくれたらよかったのに。」
別のエナガがもっと早口で、ざんねんそうにさえずっています。


「ねえカデシさん。どしていつもあたしたち、翼をつけた天使の姿をみられないの?」
カノンが、そっとカデシさんにたずねました。
「そうだねぇ……。」カデシさんは、あごひげをさすりながら、しばらく空を見あげて考えていました。
「それはやっぱり、みんなが考える、翼をつけた天使が、天使のほんとの姿じゃないからだろうねぇ…。」
カデシさんは、肩をすぼめてこたえました。いつかの夜も、話したように。

「ふうん…。」カノンはちいさくお鼻をならしてうつむきました。

「だが、みんなは今夜、こうしてたしかに、天使に会えたじゃないか。」カデシさんは、元気づけるように、こういいました。

「たしかに?」フーガがぴょんぴょん飛びはねながら、たずねました。
「会えた?」カノンももう一度、聞きかえしました。

「そうさ。」カデシさんは、そううなづきました。
「みんなは、見えない形で会っていたんだよ」

「会ってたのに、見えなかった!」フーガがぴょこぴょこ、跳びはねながらききました。
「そう。降りてきていたから。みんなのなかにね。きみたちにも。そしてもちろん、お空にとどけにいったなかまたちひとりひとりのなかにもね。」
カノンとフーガは、カデシさんを見上げました。

「今夜はたしかにすてきだった。でも、今夜にかぎらなくとも、みんなはしじゅう、天使に会っているはずだし、こうして、天使とひとつになっていることだって、いっぱいあるはずだ。…おそらくそうと気づかないうちにね。」
「会ってくれてるんだ。翼なんか、わたさなくても?」とフーガ。
「きっと、そうだと思うね。降りてきてくれた。ただしみんなが思っているような翼を持った天使の姿としてでなく、だれかのまぶたの裏や、心のなかにだ。だれかの姿や…地上のなにかの形をかりてね。じっさいきょうの夜空は、いつもよりどきどきして、それにもっとずっと、きれいだったろう?」
パイプをぷかぷか ふかしながら、夜道のなかでカデシさんがそうつぶやきました。……


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